先日、興味深い一文にでくわしました。金田一春彦による日本人論です。以下引用。
日本の歴史を読んでいるとおもしろいのは、雄弁なことで評判の高かった人、というのは一人もいない。英雄というのは保元の乱の源為朝、征韓論の西郷隆盛など議論をすると負けてしまう方に人気がある。源頼朝の重臣だった梶原景時なんて人気がない。最近になって初めて、勝海舟が雄弁だったとか、福沢諭吉が演説上手だったとか評価されてきたが、戦前はそういうことがなかった。
(中略)
日本ではどうも弁論は好まれなかった。中国では張儀という人がいる。ギリシャではデモステネス。弁論によって一国の運命を救ったという人もいるが、日本にはなかなかそうした人は現れない。漱石の「坊ちゃん」なんかは、弁論のへたなことで代表的な人だろう。職員会議で立ち上がっても、一言もまとまったことを言えない。そこへいくと教頭だとか校長だとかはいろいろ言える。たぬきや赤シャツはべらべらしゃべるけれど、そういう登場人物は好かれない。坊ちゃんは言葉がダメとなると、暴力に訴える。あれはよくない。話が脱線するが、もしかしたらこの前の戦争のとき、「日本は外交がへただ。だからこのままでは向うの言いなりになってしまう。戦争なら日本は強いんだ。いっそ戦争という手段に訴えてしまおう」と思った上層部の人がいたかもしれない。そうだったら大変なことである。
金田一春彦『ホンモノの日本語を話していますか?』(2001年)