「SWINGについて」(その3)

その2の続きです。アンサンブルの中で各自が勝手にハネたりハネなかったりしてバラバラに聴こえないのか?という問題です。それはおそらく2つの理由によって、問題は解決ずみです。1つ目は、当然のことですが、各自のミュージシャンが、自分のパートのみならず全体のサウンドをちゃんと聴きながら演奏しているということ。そして2つ目。これがものすごく重大な点で、ブラックミュージックの真髄に迫る事項なので、別稿をもうけて書くつもりですが、「バラバラであることが良いことである」そして「バラバラになっても大丈夫なようなフォーマットでしか演奏しない」ということなのです。これを僕はブラックミュージックのアンサンブルにおけるインディヴィジュアリズム(個人主義)と呼んでいます。これがたぶん真髄です。別稿で書きます。

 話をすこし戻します。さきほど各楽器パートが、ハネたりハネなかったりする、と書きました。これを「垂直的なリズムの個人主義」と呼ぶとすると「並行的なリズムの個人主義」も存在します。つまり、一人のプレーヤーが、ある時にはハネて、ある時にはハネなかったりする、ということです。


●図1
 
 
これは、ひとつのフレーズを活かすためにこういうことが行う、という意味のあくまで理論的な説明ですけど、ex.1を杓子定規にex.2のごとく演奏するよりは、ex.3やex.4のほうがよっぽど活き活きとするでしょう。ハネるかハネないか、の決定権は各個人にあるし、それは、いつ変更しても構わない のです。音楽が活き活きとするならば、です。
 
 結論です。つまり「スイング」とは、端的には「ハネ」のことなのですけれど、それだけではなくむしろ、ハネたりハネな かったりする、ということ。それから「ハネ」には幅があって、たくさんハネたり少しだけハネたりする、ということ。そしてそのハネの具合は、グループ全体ではなく、個人によって決められる、ということ。1拍の中でのハネや、半拍の中でのハネ、2拍(3拍も?)の中でのハネなど、たくさんのハネがある、ということ。そして最終的に聴かれる、グループ全体が生み出す混沌性・無秩序性・複雑性そのものを、スイングと呼ぶべきなのだと思っています。いや、「混沌性」などとは言っては本当はいけないのです。実は「音楽」や「リズム」は、人間の「感情」やその他のすべての自然現象や人間社会が複雑に構成されているの と同様に、有機的なものであって、幾何学的なものでは絶対にあり得ないのですから。