CD『RIPTIDE』ライナーノーツ



 東京を出発してから、上海、シドニー、アデレードと廻ってメルボルンにやってきました。昨晩は郊外の森の中で演奏しました。「ゴールデンプレイン」という、とても人気のある野外フェスティバルです。演奏を終えたところで、夕食を選んでくれとお品書きを渡されました。「マッシュルームとトーフ」と書かれてあるので、これは何ですかと尋ねると、「ヤキトーリのようなかんじです」と言われました。
 果たして、まったく味のついていない巨大なマッシュルームと水気のない豆腐が交互に串刺しになったものがでてきました。醤油さえあれば何とかなるんだがなあ、と思いながら四本を食べきりました。

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 2013年1月、前月に天国へ行ってしまったマーヴァ・ホイットニーの葬儀へ出席するためカンザスシティーに行きました。黒人教会のお葬式です。それは聞きしに勝るゴスペルミュージックの世界でした。歌、説教、叫び、うめきと嘆き、そしてまた歌、説教...、それが延々と続きます。(お葬式は「天国へ〝帰郷〟することのお祝い」と考えるのだそうです。)朝から夕方まで、ハモンドオルガン率いるバンドもこれでもかと盛り上げます。二百人弱だったでしょうか、白人は4〜5人で、アジア人はもちろん僕一人だけ。数時間そこに座って僕も一緒になって「アーメン、アーメン」とか言い続けていましたら、音楽に圧倒されるのみならず、いろんなものが憑依してくるのでした。身体が爆発しそうなほど激しい牧師のシャウトが、僕の喉にも込み上がってきます。壇上にはスピリットを感じて突然に踊りだすおばちゃんがいて、そのステップは僕の足にも伝染するのでした。前の晩に、空港に迎えに来てくれた甥のローレンさんが「明日のお葬式は(黒人でない君にとっては)映画の中でしか見たことのないような光景だと思うよ、ふふふ」と言ったのを遥かにしのぐ体験でした。

 それから、2013年7月「ポレッタ・ソウル・フェスティバル」への出演は忘れられないものとなりました。イタリアの小さな保養地で四日間にわたって行われる小規模な音楽祭です。2000人くらい収容の「ルーファス・トーマス公園」がその会場。ソウルミュージックが大好きな地元有力者のおじさんが、この村の施設や道路の名前を変えていっているのです。(彼の自宅前は「オーティス・レディング通り」。)そのおじさんが80年代後半から毎年、ルーファス・トーマスだのウィルソン・ピケットだのアイザック・へイズだのといったサザンソウルのスーパースターを招いてこの音楽祭を開催しているのです。なんと楽屋には故ルーファス・トーマスの緑ラメの衣装が飾ってありました。
 ヘッドライナーはブルーズマンのボビー・ラッシュ。彼のショーを観るのはもちろん始めてです。ブルーズショーを、エロ漫談から、全く似ていないマイケル・ジャクソンやエルヴィス・プレスリーの物真似まで大いに繰りひろげました。次に、デイヴィッド・ハドソン(80年代初頭TKレーベルで出していたソウルシンガー)は、ボビー・ウォマックの定番ナンバーなどを熱唱する色気ムンムンおじさんソウルショーです。ミッティー・コリアー(60年代シカゴソウルで活躍し、現在はゴスペル歌手・牧師)は、ものすごいオーラで「あなた、大丈夫よ! 人生のいかなる苦しみも乗り越えることは可能です!」と訴えるゴスペルショー。それから、バックを務めるホストバンドは、本場テネシー州ナッシュヴィルのミュージシャン八名。このバンドも凄いのなんので「これぞサザンソウル!」という調子で、フロントマンが交替していくなか延々と五時間くらい演奏し続けます。しかもそれを三日連続でやるのです。
 オーサカ=モノレールも出番の関係で丸二日間滞在したので、濃厚すぎるホンマもんのパワーを十分に体感して圧倒されてしまいました。濃い。とにかく濃い。どの人をとっても、どこをとっても、リアルソウル、リアル南部で「ああ、これやー、やっぱりこれやんなあー!」と思ったのでした。

 マーヴァのお葬式とイタリアの山中で垣間みたリアルなブラックミュージック。一晩興行で○百万円もとるような「アーティスト」ではなくて、地元教会や、今も存在すると伝え聞くチトリンサーキット(アメリカ南部を巡業すること)での信頼や人気で生きているホンマもんのパフォーマーだと思います。
 そんなことがあって、僕はなんだか音楽の見方が変わってきました。ジェイムズ・ブラウンとかレイ・チャールズとかオーティス・レディングとかダイク&ブレイザーズとか、そういった音楽をいうならば「濃い味噌汁だ」と思って聴いてきたわけですが、実はそれは違っていて、むしろ「うすい味噌汁」だったんじゃないか?と思い始めました。つまり、濃すぎると万人受けしないので、意図的に「うす味」にされていたのではなかろうか。「ソウル」はそもそも商業音楽なんだから、特にレコードは〝クロスオーバー〟させるために「果汁30%」くらいが標準だと考えられてたんじゃないか?
 僕は今、たとえば「辛さが売りのカレー店で、一番辛くないカレーにトライしてみると、物凄く辛かったが美味かった。この場合、辛さ最強ランクのカレーにわざわざ挑戦する必要はあるだろうか?」というような議題について言うているわけです。コテコテと思い込んでいたアレサフランクリンもグラディス・ナイトも実は「うす味」だったのでは? 激しいサム&デイヴもウィルソン・ピケットも実は「辛さひかえめ」だったのでは? こってり味と思っていたクール&ギャングやアースウインド&ファイアも実は「超あっさり味」だったのかも?

 そういうわけで、さらに話が飛躍しますけれど、僕の思ったことは、こういうことなのです。ひょっとすると、逆説的に言うと、ソウルミュージックに取り組むにあたって、ここに答えがあるかもしれないゾ...。「うすくち」を目指しているだけではきっと到達しない。これまでだって「濃くしよう」って思っていたけれど、目標値が低すぎたのではないか。まずは無茶苦茶に濃いスープをつくってから薄めていくのが、あの味の正しい作り方なんじゃないだろうか?
 で、冒頭の串焼きの件。「日本料理とは似て非なるもの」を「食える日本料理」にしたい。僕は、ひとまず思いつく限りの調味料を鍋にぜんぶ放りこんでみようと思う(「尺八理論」)。ただし、具体的にどういうアプローチであの味に近づいたらよいのか、まだちょっと分からないなあ...。神さまからのミッションも授かっていないし、ブルーズマンよろしく「この世は、カネとお尻とお酒だけさ」と言い切るような豪快な哲学も持ち合わせていない。ただ、音楽的なアプローチについては、とにかくリズム&ブルーズやソウルに加えてゴスペルやブーガルーやビバップやモードやスイングをごった煮にするところから始めんとアカンなあ、と考えているんですが。

 そんなこんなで、やらねばならないことはまだまだ山のようにあります。要するに
「ファンク、まだまだいけまっせ」と言いたい。楽しんで参りましょう!


2014年春 中田亮