明日、誰に投票するか?(神奈川県)

 
毎回恒例の「誰に投票するか」の神奈川県編です。

僕はこの14年ほど神奈川県民です。
神奈川県は九千万人もが暮らしている全国で二番目の巨大な県です。
ご存知のように、前回の通常選挙では三原順子をトップ当選させている、ダッサイダッサイところです。

定数4人で、まいどながら大混戦区となっています。


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主な候補者は下記のとおり:
相原倫子(社民、新人、ジャーナリスト)
浅賀由香(共産、新人、党神奈川県常任委員)
佐々木さやか(公明、現職、自民推薦)
島村 大(自民、現職、党厚生労働部会副部会長)
乃木 涼介(国民民主、新人、俳優)
牧山弘恵(立憲民主、現職、党神奈川県連副代表)
松沢成文(維新、現職、元神奈川県知事)

島村(自)と牧山(立)の二人は当選確実視されているようです。
残り二議席を、佐々木(公明)・松沢(維新)・浅賀(共産)の三人が激しく争っていると報じられています。
つまり、この三人のなかから一人が落選する。

激戦区ながら候補選びは悩みはありません。
明日、僕は、共産・あさか由香に投票します。


みなさん、明日は投票所へ行きましょう。
夜八時より早く閉まる投票所もあるそうです。ご注意ください。


明日、誰に投票するか?(東京都)

 
毎回恒例の「誰に投票するか」です。

今回はブログの更新が間際になってしまいました。
しかし、いつものように、「僕なら誰に投票するか」を書いているだけですので、「誰それに投票してください」と呼びかけていません。
一人一人が、正しい行動とは何かを考えてそのように行動する、それがとても大事と思います。

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ご存知のように、東京選挙区は6人区で、まいどのように大激戦区となってします。

主な候補者は下記のとおり:
朝倉玲子(社民、新人、労組書記長)
音喜多駿(維新、新人、元都議会議員)
吉良佳子(共産、現職)
塩村文夏(立憲、新人、元都議会議員)
武見敬三(自民、現職、元厚労副大臣)
野原善正(れいわ、新人、元学習塾講師)
丸川珠代(自民、現職、元環境大臣)
水野素子(国民、新人、宇宙航空研究開発機構)
山岸一生(立憲、新人、元朝日新聞記者)
山口那津男(公明、現職、党代表)

現在、丸川(自民)、吉良(共)、山口(公)、武見(自)の四人は堅いと目されています。
のこりの二議席を下記の三候補が熾烈に争っています。

塩村(立)
山岸(立)
音喜多(維)

つまり、このなかから一人が落ちる。
リベラリズムを信奉するこれは何としても、維新の音喜多を落として、立憲の二人に国会へ行ってもらいたいと僕なら考えます。
塩村と山岸のうち、どちらが良いかは政策や演説の動画などをチェックして考えるのが良いと思います。

山岸一生ホームページ https://yamagishi-issei.jp/
塩村文夏ホームページ https://shiomura-ayaka.com/

かなりの接戦のようですが、報道では、どうやら塩村がすこしリードしているようです。 つまり、一番最後の議席を山岸と音喜多があらそっている。
これは、山岸に当選してもらい、音喜多に落選してほしいと考えます。

僕は神奈川県民ですが、もし東京選挙区の投票権があったならば、山岸一生に投票することにします。
投票用紙はもうひとつです。比例区の用紙には日本共産党と書くと思います。

それではみなさん、明日の日曜日、投票所へ。

グリッツは食料品店へ、卵は鶏品店へ。

 
もっと音楽のことを書きたいのですが、いつも政治のことばかり書いているこのブログですが、今日も政治のことを書きます。今日は選挙のことです。

1971年のジェイムズブラウンに「エスケイピズム/逃避主義」という曲があって、15分ちかく、ずっとブラウンとメンバーが会話を楽しんでいるだけの不思議な曲です。1971年録音。


これは何の話しをしているのかといいますと・・・「最近の若者は道に迷っている。そして逃避主義におちてしまっている。辛抱が足らない。俺達、アメリカ南部からやってきた音楽家というものは、どこへ行ってもお里が知れてるんだから、やることをしっかりやって、俺の下で、俺の言うとおりに頑張れば、石の上にも三年でちゃんと報われるさ」という、本当に報われるかどうは知りませんが、いろいろな意味で、味わい深い曲です。(これはブーツィーコリンズのことを言っています。ブーツィーのように自分を過信してバンドを辞めるのは間違っている、と新メンバーたちを諭しているのです。)

曲の一番あたまで、ブラウンがアメリカ南部のことわざ(と思われる)をひきます。曰く、
《グリッツ(挽きトウモロコシ)は食料品店へ。卵は鶏品店へ。》

このように彼は言います。「このことを忘れた野郎は、失くしものをするぞ。(行き先がわからなくなって)うろうろする奴は、ものを落としちゃうんだ」("When you forget that grits is grocery and that egg is poultry, you lose your thing. Now, you can lose your thing by wondering around.")

落とし物をする、と訳すのが良いのか、もっとエグくして「うろうろしていると追い剥ぎに遭うぞ」と訳したほうが良いのか。とにかく、何を買いにきたのか、どこにいったら買えるのかをしっかり頭にたたきこんでいないと、道に迷って、買い物を持ち帰ることができないばかりか、そのためのお金まで無くしちゃうぞ、ということわざのようです。

そこで、別のたとえ話をしてみます。(あまりたとえ話しは得意ではありませんが。)

お好み焼きをつくろうと思います。
そこで小麦粉や豚肉を買いに、スーパーへ出掛けました。
店にいってみると、小麦粉もあるのですが、冷凍のお好み焼きも売っています。
こちらのほうが安くて美味くて手っ取り早い。
小麦粉を一袋買うと余ってしまう。自分で焼くのも時間がかかる。
自分でつくったら面倒だし、美味しく焼けるかどうか、わからない。
考えれば考える程、冷凍のほうが効率が良い。
僕は、冷凍のお好み焼きを片手に、スーパーのなかをウロウロする。

・・・そこでジェイムズブラウンの話しを思い出す。
「そうだ、買いに来たのは小麦粉だったことを忘れていた!」
いつのまにか、「
どの小麦粉を買うか」ではなく、「時間のかかる手作りか、安くて美味い冷凍か」に議題がすり変わっている。そこで、僕は本来の買い物をする。つまり、小麦粉を買う。

なぜ小麦粉を買うべきなのでしょうか。
冷凍も悪くないのです。
「いまだけ」や「自分だけ」ならば、冷凍を買っておけば急場はしのげるのです。
しかし、これからしょっちゅうお好み焼きを食べるのであれば、しかも自分のぶんだけでなく家族のぶんも焼くのであれば、冷凍はやめておこうということになります。
「これからずっと」「みんなのために」であれば、冷凍はいけません。
難しい言葉をつかうと、「長期的かつ包括的」ということです。

さて、ようやく政治の話しになります。

政治というのは、数年ではなく、何十年や何百年にもおよぶ闘いです。
つまり来週末にひかえている参議院選挙というのはその大事な1ページです。

いまこの時点で、挽きトウモロコシを買いに来たのか、卵を買いに来たのか、僕は考え直す。
僕が、僕たちが、本当に求めているのは、平和・自由・平等といったものだった。
そのためには何が必要でしょうか?
そんなことずいぶん前からわかっています。
「リベラルの結集」です。
それが手段です。(つまり食料品店に行く、ということ。)
市民が結集して政党をつくる。その党を激しく叱りながら激しく応援する。
それ以外の道は無いわけです。
つまり、ことわざで云う《グリッツは鶏品店には売っていないし、卵は食料品店には売っていない》のだから、それ以外の方法によって平和が実現できることは無いのです。

冷凍お好み焼きを買うのもそこまで悪くないかもしれない。
でも、しっかり考えているつもりでも、本来の買い物ではないものを買うと余計にお金をすってしまう。または、「ウロウロすることになり追い剥ぎに遭う」。

この場合の「ウロウロ」とは、僕たち市民がしっかり民主主義を理解して日々の行動ができるようになるまでの時間のことを指しています。「追い剥ぎに遭う」というのは安倍政権のようなものが日本の庶民の暮らしを破壊していくことを指します。

九〇年代からリベラルの結集が求められている。
とくに2015年以来、第二次安倍政権の腐敗ぶりを目の当たりにして、野党共闘しか道はないことを深く理解してきたはずです。
リベラルの結集。それしか道は無いと思う。

すなわち、この選挙でも、ひきつづき、立憲民主党や共産党や社民党をしっかり応援することが、本当に本当に大事となっていると思います。


DOIN' THE RIGHT THING!

 
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"DOIN' THE RIGHT THING!" 7月7日(日)15:30スタート 代々木公園

イベントをやります! 

「選挙にあたり、僕たちに何ができるか?」
実はそんなことを訴える音楽イベントをやってみたいのです。
とはいいつつ、そんなことをステージのうえでダラダラしゃべっても、あまりそれは得意ではないので、やらないと思います。

じゃあ何をするのかというと、何もせず、好きな音楽を演奏するだけであり、皆で楽しみたい。
イベントのタイトルは「DOING THE RIGHT THING!」。つまり「当然のことをやってるぜ」ということです。ここにおける「当たり前のこと」とは、「選挙をもりあげる」ということ。堅い言葉でいうなら、「市民の政治参加の手本となる(大人は全員あたりまえ)」というようなこと。

さて、ご存知のように、参議院の選挙って、かならず、三年ごとの夏にあります。
自分たちの暮らしの行方を左右することになる、それこそ国家規模の巨大イベントです。
たとえば、あの、四年に一度の大激論が交わされるアメリカの大統領選挙と同じような意味のものであるはず。
でも、なんだか、日本の参院選挙は僕たちの日常的な会話の話題にあまりのぼりません。テレビでもほとんど採りあげられません。
ほんの二週間くらい前になって突然、「争点は何でしょうか?」とか「投票にいきましょう!」などと、すこし騒いで、あっという間に終わってしまう。
これでは本当の意味での選挙とはいえないと思います。
たとえば、すくなくとも半年くらい前から、争点や政局をくわしくテレビでやらないとだめです。

ふだんから何も知らされておらず、何も話し合っていないのに、いきなり「かならず、選挙に行きましょう!」とか「しっかり選びましょう!」なんて言ったって空々しく響いてしまいます。
毎回選挙にいくひとは行く。毎回選挙に行かないひとは行かない。そういうことになっている。
有権者の半分の人しか行っていない。

しかも、です。
欠かさず投票所に足を運ぶようにしている人たちでさえ、すくなからずモヤモヤしながら投票していることでしょう。
選挙の争点も明確でないまま、誰に投票したらよいか分からないまま、当日を迎えます。
選挙制度だって、よくわからない。
参院選の選挙区ってどこまでだっけ? 比例区ってなんだ?
名前を書くんだっけ、政党を書くんだっけ?
それに何より・・・いれたい政党も候補者もいない!

これじゃあ、晴れた気持ちで投票所に行くことができない。
世の中をすこしでも良くしよう、とウキウキしながら投票所に行くことなど遠い夢です。

つまり、まずは、僕たちのやらなければならないことは、こういうことであると思う。
どの政党に投票するべきかを、何ヶ月も前から、みんなで考える習慣をつけなくてはいけない。
日本はどういう選挙制度が採用されているのかを、よく知っておかなくてはいけない。
この世にスーパーマンは居ないのだから、ウキウキワクワクしながら投票できるような候補者や政党が居ないのは当たり前とかんがえる。(しかも、いままで僕たちが政治を遠ざけてきたから、政党が既存の組織票に頼らざるをえないので、輪をかけてそういうことになっているわけだ。)

というわけで、このイベント「DOIN' THE RIGHT THING!」には、べつに、政治家が来るわけでもない、安倍政権批判くらいはするが、野党のための集会というわけではない。僕たちのための集会。平和や自由や人権という言葉のもとにあつまった音楽家であるが、演奏する曲目はそういうテーマ以外のものもあると思う。

とにかく、何かやらないことには始まらないぞー、という気持ちのイベントです。
精一杯やりますので、お楽しみに!

あ、できれば、シリーズ化したいので、アーティストのみなさんは次回の参加をおまちしています!

超高層シティ

 

 NHKスペシャル『超高層シティ』をみた。
 戦慄をおぼえる内容だった。

(番組内容)
高さ100メートルを超す超高層ビルの建設ラッシュにわく東京。平成に完成したビルは300を超えた。平成の初めにバブルがはじけ、不良債権の山と化した東京が、なぜ「失われた20年」の中で高層シティーへと姿を変えたのか。実は国は、厳しく規制していた容積率の「異次元緩和」という禁じ手を使ったのだ。果たして巨大開発は、日本の発展の象徴となるのか、それとも過剰な開発競争を引き起こすのか。その光と影を検証する。



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 提議される問題は、三つ。
 まず第一に、これが容積率の規制緩和という禁じ手であったこと。日本という国は、世界に例をみない地震国。中国やヨーロッパには地震はぜったいに来ない。そんなところの国際都市と競争なんて、絶対にやってはいけない。
 二つめは、これがバブルであると警告されていること。この建設ラッシュに実体経済がおいつかずにバブルが弾けたあと何がおこるか。さらなる大不況と、商業施設や高層ビルのゴーストタウン化。そして、耐震対策・メンテナンスは不可能となる。解体工事もできないのではないのか。
 三つめは、そのバブルによって、さらに地方からの人口流入を加速させていること。人口が減ってゆく日本でバブルをささえているのは地方から東京にでてくる人たち。「東京の景気回復なくして日本の不況脱出はない」などとさけべば正論に聞こえるがこれは真逆。いまの日本がかかえる一番の問題は、東京一極集中と地方弱体化であって、それをのりこえる政策こそ待たれているのに。

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 それで、いきなり話しはとぶのですが、僕はレイチャールズの歌を思い出します。
 「Greenback」という歌。場所は、1920年代に、空前の好景気にわくニューヨークか、それとも第二次大戦の終戦直後でしょうか。南部の田舎からでてきた男が、夜遊びをしようとして、街の女にいっぱい食わされるというお話し。

(歌詞翻訳)
http://osakamonaurail.com/nakata/2018/05/greenback-1958.html

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 僕はこの歌は、本当に資本主義というものの本質を見事に言い当てていると思っているのです。
 つまり、資本主義というのは、都市で人間が燃やされてゆくのだということ。貨幣が人々の欲望を際限なくかきたてて、それに魅了された大勢の人々がはるばる遠方から集まってくる。都市とはそういった人々(の労働)を飲み込んで、まるで「千と千尋の神隠し」に登場する「カオナシ」のように肥大化していくものだということ。
 この歌の主人公は、20ドル札と5ドル札を、魅力的な女性に掠め取られる。そのあと、「さようなら、大統領(たち)!」と手をふる。つまり、女性に手をふるのではなくて、ただの紙切れとの別れを惜しむ。かくして、彼が汗を流した数日間の労働は都会にのみこまれていったのです。
 この街にはすべてがある。そしてあの緑色の紙切れさえ手に入れれば、すべて何とかなる・・・。この幻想を人に信じ込ませるのが資本主義だと思う。
(それもこれも、カワイ子ちゃんのお尻を追いかけるだけなら、ふるさとで同じことをやっていれば、貨幣も介在せずもっとシンプルなことだったのに!)

 ・・・そんなわけで、百年もまえから高層ビルというのは都会の象徴である。人類のあやまちの最たるもの、資本主義の象徴が高層ビル。それが人を飲み込む。そんなものに不況打破の活路をみいだそうとするなんて! しかも、地方再生が求められる時代に。それは、泳ぎかたを知っている者がわざわざ藁をつかんで溺れてゆく行為。麻薬中毒者にさらなる麻薬を投与する行為。バクチですったカネをバクチで取りかえそうとする行為。
 ヨコ移動(田舎→都会)の次はタテ移動(低層→超高層)。その次には何があるでしょうか。そりゃあ決まっている。さらにうえ(宇宙)にいくか地面に倒れるか、その二つしかないと僕は思う。
Inner City Blues (Make Me Wanna Holler) by Marvin Gaye, 1971




ロケット
 月面着陸
   カネをまわせ
      貧しき者に
賃金は
 働けども
  手にするまえに
    くすねられる

 泣き叫びたい
 このひどい仕打ち
 泣き叫びたい
 このひどい仕打ち
 こんな暮らしなんてない
 こんな暮らしなんてない

物価は上昇
 手取りのほうは
    上向くきざし
         無し
請求書は
 たまるばかり
  子供たちを送ろう
        戦場へ

 泣き叫びたい
 このひどい仕打ち
 泣き叫びたい
 このひどい仕打ち

悩みばかり
 心は落ち込み
   運にも見放され
    どうにもならない
そんなわけで
 いうまでもなく
   いまのオレには
    税金も払えない

 泣き叫びたい
 もうどうにもならないよ
 泣き叫びたい
 もうどうにもならないよ

犯罪は
 増加をたどる
   警察は銃を
    市民にむける
混乱は
 ひろがり
   未来は
    どうなる?


Rockets, moon shots
Spend it on the have-not's
Money, we make it
Before we see it, you take it

Make you want to holler
The way they do my life
Make me want to holler
The way they do my life
This ain't living, No, No
This ain't living, No, No

Inflation no chance
To increase finance
Bills pile up sky high
Send that boy off to die

Make me want to holler
The way they do my life
Make me want to holler
The way they do my life

Hang-ups, let-downs
Bad-breaks, set-backs
Natural fact is
I can't pay my taxes

Make me want to holler
Throw up both my hands
Makes me want to holler
Throw up both my hands

Crime is increasing
Trigger happy policing
Panic is spreading
God knows where we're heading


まったく面白くもない話

 
まったく面白くない話しをするので、とてもヒマな人しか読まないでください。
あれは、たしか、去年のいまごろのことです。
例年のごとく、数週間ほどヨーロッパに遠征にいきました。
そのツアーで、うちのバンドの、誰とは云いませんがTの衣類の用意に注目があつまっていたのです。

ツアーでは連日のように飛行機にのって次の公演地に移動するのですが、そのさい、格安の飛行機会社をつかうことが頻繁です。格安会社は、持ち運ぶことのできる荷物の制限(重さやスーツケースの大きさ)がとても厳しいのです。荷物が多いと超過料金を払わされてしまいますので、それをさけるため、できるだけ衣類を少なめに持っていくようにしなければなりません。
バンドメンバー全員が工夫をして個人の荷物を小さくおさめています。すくない衣類でも寒い日や暑い日に対応できるようにします。
そんな中でもTの用意周到ぶりは抜きん出ていました。

「今日は第一形態です」「今日は第二形態です」と彼は言いました。
どうやら、第五形態くらいまで考えられているようで、暑いところ(たとえばイタリアや南フランス)の軽装から、寒い地域(たとえばイギリスやスウェーデン)の防寒まで、しっかり練られています。
小さなカバンなのでほとんど服を収める余裕が無いだろうに、一体どうやっていくつものパターンを着替えているのか、本当によく考えられています。僕は舌をまいていました。

「今日はどのパターンなん?」と尋ねると、
「あ、今日は、第三形態っスね」といいました。

その「形態」という言葉のチョイスが面白いので、しつこく、今日は第何番の形態なのか、と訊いていたのです。
さて、そこでTくんの話は終わりです。

僕はこの「形態」という言葉は、トランスフォーマー(乗り物がロボットに変態する子供向けアニメ)から採られたのかと思っていましたが、しばらくすると、どうやら『シン・ゴジラ』から採っているのだと気づきました。

公開からすでに三年ちかくも経っていましたが、僕はシン・ゴジラは観たことがなかったのです。
観たことがないのに、なぜ「第〇形態」の元ネタがシン・ゴジラであると気づいたのでしょうか、思い出せません。とにかく、気づいたのです。それで僕は「あっ!」と思いました。
「シン・ゴジラは変態(メタモルフォーゼ)するのか!」
映画は観ていませんでしたが、シン・ゴジラは原発事故を描いているのだと、皆が口を揃えて言っていたので、それだけは了解していました。
そのシン・ゴジラに、「第一形態」や「第二形態」があるらしい。・・・そ、そ、それでは一体、最終形態は何だというのでしょう?

ご存知のように、世にも恐ろしいあの原発事故は、民主党政権を崩壊させ、安倍自民党政権を復活させました。そこを起点とした日本の凋落ぶりは、ここであらためて説明するまでもないでしょう。
ですから、ゴジラは日本をおそった災いを表現しているのですから、それがメタモルフォーゼするのであれば、それは第一形態は大地震であり、第二形態は大津波であり、第三形態は原発事故による放射能であり、第四形態は安倍政権の復活にちがいありません。シン・ゴジラの「シン」は安倍晋三のことだったのか・・・!
もしかして、第五形態も描かれているのだろうか。第五形態とは一体なんだろう。安保法制か、金融緩和か、働き方改革か、特定秘密保護法か、北方領土の放棄か。いやそれともトランプ政権か。

僕は、この安倍政権という世にもおそろしい物体は、いまだに本当の正体をあらわしていないという気がしています。かつて、戦後ここまで肥大化して暴走した政権はありませんでした。その中心で総理大臣の椅子にすわっているのは、あの、権力欲の無さそうな、父ちゃん坊や然とした、ハリの無い顔つきをした人物というのがあまりにも不気味です。誰が糸を操っているのか? 張り子が倒れたあとは何が登場するのか? こんな背筋の凍ることは無いと僕は思っています。
シン・ゴジラという映画はこの時代の何を捉えているのだろう? やっぱり、シンは「晋」なのか? あるとすれば第五形態はいったい何か?

そういえば、漫画『AKIRA』は、2020年の東京オリンピックを描いていました。
漫画『二〇世紀少年』は大阪万博の再開催や、カルト教団政権のストーリーでした。
シン・ゴジラはいったい何をあらわしているのだろう?

   *   *   *

そんなわけでシン・ゴジラを観たのですが、周知のとおり僕の勝手な妄想は大ハズレで、惨憺たる気持ちになっただけでした。
第一形態は地震、第二形態は津波、第四形態から原発。そこまでで終わりです。
政治家や官僚が日本のために命をかけて大活躍する映画です。(ふつうの国民の目線を意図的に排除している。)原子炉は冷却されて事故は完全に収束します。現実とあまりにもかけはなれた結末で途方にくれるばかりです。
これほどまでにウソをつかれると、「力をあわせれば日本の未来はひらくことができる」というプロパガンダ映画でさえなく、そのまま空虚に響いて、むしろ「どうしたって未来はひらくことができない」と訴えかけている逆プロパガンダ映画にしか思えません。
(大きなデブリが都心に横たわっているという結末は、われわれに問題を提起していますが、エクスキューズかどうかはさておき、「それはイイけど、もっといっぱい描きこむことあっただろー」という感想。)

いまのところ、手がワナワナと震えてきて夜に眠れなくなるほどハラがたつのは、『神様の愛い奴』と『君の名は。』につづいて歴代第三位くらいにランクインです。
でも、もしかしたらもしかして、東宝がラストシーンを差し替えたんじゃないかとか、ゴジラの手のひらを上にむける仕草は、ひょっとしたら安倍晋三なのではないかとか。

以上、旅慣れたミュージシャンの鏡であるトランペット担当の旅準備がスゴいという話題と、まったくスゴくない映画をまちがえて観てしまったという面白くない記事はこれでおわりです。


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