I.G.Y.(ドナルドフェイゲン 1982年)

 
"INTERNATIONAL GEOPHICAL YEAR" by Donald Fagen
「国際地球観測年(1957年〜1958年)」
ドナルド・フェイゲン
1982年発表




星条旗の下 勇ましく言い切れる
夢は現実になりつつあると
もはや誰も否定できない
僕たちの未来は輝かしいんだ

あの黒く光る鉛の列車にのって
海底の線路をいけば
ニューヨーク〜パリ間はたったの90分
人類は1976年までには完璧になる

 素晴らしい世界が僕たちを待っている
 自由と栄光の時が僕たちを待っている(くりかえし)

宇宙ステーションへの切符を買おう
いまのうちに これは出来レースさ
空のうえで行われるショーを観劇
僕たちの勝利をよく見てて

地上の僕らは 都会で遊び尽くそう
都市は太陽光発電でまかなわれている
流線型の世界 お天気も問題ない
皆がスパンデックスの上着をもっている

 素晴らしい世界が僕たちを待っている
 自由と栄光の時が僕たちを待っている(くりかえし)

あのキラキラ光る鉛の列車にのって
海底の線路をいけば
ニューヨーク〜パリ間はたったの90分
(世界中の音楽家は休みがふえる)
重要な政策決定は機械がやってくれる
そのコンピューターを開発したのは
思いやりがあって 将来のビジョンを持った人さ
機械にまかせておけば
まもなく僕たちは完全人間になる
永遠の自由と永遠の若さを手にいれる

 素晴らしい世界が僕たちを待っている
 自由と栄光の時が僕たちを待っている

 素晴らしい世界が僕たちを待っている
 自由と栄光の時が僕たちを待っている


Standing tough under stars and stripes
We can tell this dream is in sight
You've got to admit it at this point in time
That it's clear the future looks bright

On that train all graphite and glitter
Undersea by rail
Ninety minutes from NewYork to Paris
Well by seventy-six we'll be A.O.K.

What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free

Get your ticket to that wheel in space
While there's time the fix is in
You'll be a witness to that game of chance in the sky
You know we've go to win

Here at home we'll play in the city
Powered by the sun
Perfect weather for a streamlined world
There'll be spandex jackets one for everyone

What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free

On that train all graphite and glitter
Undersea by rail
Ninety minutes from NewYork to Paris
(More leisure for artists everywhere)
A just machine to make big decisions
Programmed by fellows with compassion and vision
We'll be clean when their work is done
We'll be eternally free yes and eternally young

What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free


『きらめく星座』を観たあとに。

 
星座表-thumb-570x805-84793.jpg

『きらめく星座』を観劇しました。
太平洋戦争開戦の前夜、自由がうしなわれてゆく様をえがいたお芝居を見終えて、すっと戻った現実の世の中では、イベントの自粛要請や休学要請で大騒ぎしているので、まるで、突然この世界のうえに芝居小屋の屋根ができたような、もしくは、僕たちが芝居の舞台に乗っかっているような不思議な気分になりました。

戦争と伝染病はまったく意味が違うのかもしれませんが、やはりよく似ている点があると思います。それを僕たちは見過ごしてはいけないと思います。

それは、あの「自粛」というやつです。
政府は、コンサートなどの催し物の、自粛要請をだします。中止命令はだしません。
休学命令はださずに、休学要請をだします。
感染をふせぐために必要なことであれば、専門的知識にもとづいて「命令」をだせばよいのですが、否、命令をださねばならないのですが、政府は何故かそのような行動をとりません。
命令をだせば責任をともなうからです。
自粛という空気を煽るほうが、簡単なのでしょう。国民が国民を監視しあうほうが国の隅々までいきわたるし、なにより、政府はなにも責任をとらなくて良いのです。

その命令が適切でなかったことが後に判明したら誰が辞任するのか。
休学にあたって学校の先生はどうしたらよいのか。
給食をたべることのできない子供は大丈夫なのか。
日中に子供を預かる体制はどこまで政府が支援するのか。
給食センターであまった食料をどうするのか。
コンサートなどの中止にともなう金銭的な補償は何かあるのか。
中止命令にしたがわない者にたいしてどのような罰則をもうけるのか、もうけないのか。
そして何より、上記のようなことにたいして、政府への批判がたかまったとき、なんと説明するのか。

こういう責任をすべて有耶無耶にしてしまうのが、この国の政府のやりかたです。
これこそまさに、大西巨人が云っていた《累々たる無責任の体系》というやつでしょう。
誰も責任をとらずに問題を下へ下へと押し付けるという日本社会の本質。

『きらめく星座』は、時代の空気にのまれて結局は権力のいいなりになってしまうという運命のなかで、庶民がさいごの力をふりしぼっているところを描いていたと思います。

伝染病の発生は、政府が悪いわけではありません。
しかし、国の一大事があれば、政府はことなかれ主義ですぐさま責任をほうりなげて国民に押しつけ、そして国民はすすんでお互いの監視をはじめてしまうということを、ふたたび目の当たりにしているように思います。

せっかくだから、この機会によく見ておくべきだと思います。このような世界規模の危機が訪れたとき、政府がどのように逃げてゆくかを。

CHOICE OF COLORS - THE IMPRESSIONS, 1969





もし肌の色をえらぶことができたら
きみは何色をえらぶ?
もし昼と夜のどちらが「正しい」かと訊かれたら
きみは何とこたえる?

学校の白人の先生が嫌いなんだってね
教会の黒人の牧師は好きなんだってね
兄弟姉妹や女性や友人に敬意をもって接しているか
血縁だけでなく黒人社会全体で分け合っているか

僕たちは証明しよう
明るい未来が訪れるはずだと
より良い教育と
この国の人々への愛があれば
社会を良くしていけると

いがみ合ってばかりで仲よくできない奴もいる
お互いの信頼を築いていこう
考えの違いはいつか乗り越えられるはず
僕の言いたいことを聞いてほしい

学校の白人の先生が嫌いなんだってね
教会の黒人の牧師は好きなんだってね
兄弟姉妹や女性や友人に敬意をもって接しているか
血縁だけでなく黒人社会全体で分け合っているか

僕たちは証明しよう
明るい未来が訪れるはずだと
より良い教育と
この国の人々への愛があれば
社会を良くしていけると

もし肌の色をえらぶことができたら
きみは何色をえらぶ?
もし昼と夜のどちらが「正しい」かと訊かれたら
きみは何とこたえる?


If you had a choice of color
Which one would you choose my brothers
If there was no day or night
Which would you prefer to be right

How long have you hated your White teacher
Who told you, you love your Black preacher
Do you respect your brother's woman friend
And share with black folks not of kin

People must prove to the people
A better day is coming for you and for me
With just a little bit more education
And love for our nation
Would make a better society

Now some of us would rather cuss and make a fuss
Than to bring about a little trust
But we shall overcome our beliefs someday
If you'll only listen to what I have to say



安倍政権の記憶

 
 あの写真、「桜を見る会」の、なにがそんなに楽しいのですかと尋ねずにはおれないあの大きな笑いに溢れた、安倍晋三が晴れ晴れしく人々にとりかこまれている絵づらほど、この十年の日本の落日をあらわしているものはないように思えます。僕からピューリッツァー賞を差し上げたい。ああいった写真は「民衆の記憶」として後世に伝えられてゆくと思う。

 安倍長期政権によって日本はいったいどう変ったか。それは、「首相」というものが、エライものであり、有り難いものになった。知己を得ると何かイイことがあるものになった。首相とつながっている者は得をすることができて、首相にたてつく者は損をすることになった。
 もちろん、そんな考えは間違っていると誰もが理解しています。そういうのは江戸時代の考えで、もう百年以上前におしまいにしたはずでした。
 でも、しきたりというのは実は簡単に変わってしまう。短いあいだにパッとひろがったようでした。まるで古くから日本にそんな慣わしがあったかのように。

 森友事件や加計学園疑獄だけのことではありません。
 だいたい、「自公連立政権」なるものだってそうじゃないのか。公明党にはじまり、維新の会や幾多の極右政党がぶらさがっている。安倍官邸につうじていればトクをする、そうでなければソンをするということを、まるで、わざわざ絵に描いて国民に説明しているようです。
 オリンピックだって同じです。放射能は完全にコントロールされているなどとウソをついて誘致したのは子供にも知れ渡ってるでしょう。しかし、その嘘のことは忘れなければならない。オリンピックの権限の中枢にパイプをもつ者はトクをして、そうでなければソンをすると誰しもが考えている世の中になったのです。
 よこしまな心を持つ人々が我れ先にと権力の中枢にちかづこうとした。それがあの「桜を見る会」のプロパガンダ写真があらわしているものです。

 国がこのような段階にあるとき、安倍のように矮小な者が権力の座にいると、それが拡大するのを自ら止めることができない。自分の力で自分の腐敗を食い止めることができない。自分がモンスターになる。なにも歯止めはないのです。

 2012年からの十年弱、日本はそのような時代だったと思います。小泉政権が登場させた「勝ち組と負け組」。安倍政権は「勝ち組」に居場所を提供しつづけ、都合の悪い「負け組」を視界から消し去っていった。
 そろそろ国のすみずみまでゆきわたったでしょう。「強いものになびけばトクをする。弱いものの側についてもイイことは何もない」

 鶴見俊輔が「民衆の記憶というのが大事なんだ」と言っていました。
 日本にだって過去何百年のあいだに幾度も、自由を求めて民衆がたちあがった、さまざまな瞬間があったはずです。その記憶は人々の心のなかで眠っている。それを呼びおこさなくてはいけないというのです。
 安倍政権はもうすぐ倒れるのかもしれません。そんなに甘くはないかもしれない。とにかく、まるで江戸時代の殿様による治世のような、心から憎むべき人治政治を「僕たちの記憶」「民衆の記憶」にしよう。
 

うすい青色の原稿用紙

 
 家を整理していたら、僕が小学校五年生のころに書いた作文がでてきました。その作文は、題が「友達」というもので、仲のよかったある友人を失ったことが書いてあったのですが、でも、その内容はいま重要ではなくて、原稿用紙に目がいきました。なにか見覚えのある、すこし変わった原稿用紙です。
 B5サイズつまり標準より小さな原稿用紙で、20字10行で一枚が200字のもので、うすい青色でマスが印刷されている。左下にちいさく「国語作文教育研究所原稿用紙」と書かれています。
 記憶がよみがえってきました。通信教育で、作文をおくると助言や添削がかえってくるのです。
 いま、うまく言葉にできませんが、自分のなかの何かは、今でもずっと、すっかり忘れていたこの懐かしい青い線の原稿用紙と格闘しているような気さえします。

 おっかない添削だった記憶がある。たしか、励ましてくれるわけではなく、いつも手厳しい批評がつけられていたように思う。だから、あまり長く続かなかった。その向こうに何かがあるようだったが自分には乗り越えられない壁だった。
 この国語作文教育研究所というのは、宮川俊彦という人が提唱していた作文教育の一環だったことがわかった。もうお亡くなりになったようで、その「研究所」も無いのであろう。下記で、その一端を知ることができた。
 机をバンバン叩きながら、『泣いたあかおに』というあの有名な友情についての童話を例にして、国語教育(読書、読書感想文)とは一体どうあるべきか、ということが話されています。
 よい「再会」を果たした。インターネットの力である。なぜすぐにやめちゃったのかも理解できた気がした。僕が「原稿用紙」というものに独特の感情をいだく理由も思い出した。いま、上手に文章が書けるようになりたいし、本もたくさん読まなくてはいけない。添削してくれる先生はもう居ない。
 何より、インターネットの時代、スマホやらストリーミングの時代にあって、宮川先生はなおお怒りのことであろう。そんな時代だけれども、とくに子供たちには、たくさん良い本を読んで、文章を書く楽しみをあじわってほしいものです。

https://edupedia.jp/article/53233f88059b682d585b5cd0
(この記事は、親や子供のためのものではなく、学校の先生にレクチャーしているものです。)


SOUL(ウィルソンピケットによる)

 
Wilson Picket on SOUL TO SOUL 1971年



一年くらいまえにイギリスに行ったんだ
トムジョーンズとの仕事でね
そこでリンゴっていう名前の奴に出会ったよ
リンゴが訊くんだ
「ピケットくん 君は世界中を廻って
 〈ソウル〉っていうのを歌ってるよね
 その〈ソウル〉って何なの?
 もし良かったら
 ちょっと僕にも教えてくれないかな?」

そこで僕は
リンゴの目をみて言ったのさ
「リンゴくん 〈ソウル〉というのは
 〈感じる〉ものさ! それだけだよ」

リンゴはまた尋ねたよ
「それを感じたら どうなるの?
 〈ソウル〉がやってきたらどうなるの?」

僕は言ったよ
「〈ソウル〉は手にくるよ
 手に来て拍手したくなるんだよ・・・そう!」

ある女の子は
「アタシは足にきた!」って言ってたよ
そこでオレは
その娘の足を動かしてやったさ

みんな「イェー!」って言ってくれ
今宵〈ソウル〉があるヤツは 居るのかな?
〈ソウル〉を感じるなら 手をあげてくれ!
ぜぜえ゛え゛え゛え゛いいいいいいいいんんんーーっっっっ!!!!



送料無料でキャッシュバック

 

セブンイレブンが大量に店舗を閉めることを決めたそうです。
コンビニ業界事情にくわしくはないけれど、ようするに競争過多なのでしょう。
あと、まあよーするに「不況」とか、あとは・・・。
都心であれば、数百メートルも歩けばコンビニにあたる。いや、数十メートルでもコンビニだらけです。

ところで、コンビニというものが登場したのはいつだったっけ。
僕は大阪に生まれて、そのあと奈良県平群町というところで少年時代の大半をすごしました。小学校の高学年(八〇年代半ば)に、近所にローソンができました。
朝七時開店で夜十一時閉店でしたが、そんな夜おそくまで開いている店が歩いてたった二、三分のところにある。それはなかなかの衝撃でした。

コンビニといえば、その数年後、中学一年生のときに、部活(サッカー)があまりに忙しいので、まったく遊ぶ時間がなくて、どうにかならないものかと考えたあげく、
「そうだ! 夜中に遊んだらいいのだ」
とマヌケなことを思い付いた。
計画をたてて、夜中の一時くらいに家を抜けだして同じサッカー部の友人と落ちあい、真夜中の県道を自転車で飛ばして二、三十分ほどのところにある「王寺駅」というところまで行った。そこに24時間営業のコンビニがあったから!
そうして、夜中の二時ごろに、お菓子やジュースをのんで家へ帰った。帰宅したのは三時ごろだったろう。
両親にはバレなかったので成功だったし、とてもワクワクした小さな冒険だったが、やったのは一度きりだった。そりゃそうだ。中学一年生の「夜遊び」。
何がいいたいかというと、八〇年代半ばには、24時間営業のコンビニは、五キロくらいさきの隣り町にしか無かったのです。
これを読んでいる方も、似たような思い出があるかもしれません。

とにかく、コンビニというものはそれくらいの時期に登場して急速に普及していったはずです。
セブンイレブンの一号店ができたのは1974年だそう。でも、日本人の生活にコンビニがなくてはならないものになったという転換点は九〇年ごろという実感。あまり使いたくない表現だけれども「平成から」ということになるでしょう。
あのころから、コンビニや自動販売機で「お茶」や「水」が売られるようになりました。ジュースと同じような値段で。それも奇異なことでした。

僕のいいたいことは、こういうことなのだ。
八〇年代におこった物流革命「コンビニ」によって日本は便利になったか?
たしかに便利になったと思える。でも問題は「そのあと」だ。
いったい何がおこったか。
消費ではなく労働のほうからも「便利」になった。
いまや、すぐ就ける仕事といえば真っ先に思い浮かぶのがコンビニのバイト。そうなって久しい。
コンビニは、労働の「便利」、つまりは労働の使い捨てをうんだ。
便利というのは、まわりまわって僕たちを蝕んでゆく。

いま、インターネットの時代となり、欲しいものがすぐ買えるようになりました。
ほとんどのものが「送料無料」です。
しかも明日に届けられるという。
当たり前のことですが、配送にだってたくさんの人が汗水ながして働いているのですから、送料が無料になるわけがありません。
売上金のなかから、うまく、僕なんかには知り得ない高度な計算式にのっとって個別だけをみると「送料無料」に見えるようにやりくりされているだけのことです。
そこまでは誰だって分かります。しかし話しはそこでおわらない気がする。
「タダほど怖いものは無い」と云われるからです。無料になった送料は二倍にして返さなくてはならないのです。

つまり、何が起こっているかというと、ほんの一つか二つの、「送料無料」を謳う企業たちが、さらに想像できないほど巨大化して何の歯止めもきかなくなってゆきます。そうして、モノの値段はますます安くなり、送料も「無料」になってゆきます。この巨大生物のせいで、日本の経済は縮小の一途をたどり、従来あった仕事はどんどん無くなってゆきます。
そうして「コンビニの便利さ」と同じことが起こる。
つまり、僕たちはこぞって、アマゾンの倉庫で働くかアマゾンの配達員さんになってあのときのお返しをするのだと思う。

インターネットの時代は、こんなのばっかりが僕たちに襲いかかる時代だと思う。
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