*この記事は〈翻訳編〉〈解説 前編〉と合わせてお読みください。

MV「FIGHT THE POWER」翻訳

 後編です。それでは、いよいよラップの内容を詳細に追っていこうと思います。

1989 is the number. Another summer. (Get down!) Sound of the Funky Drummer. Music is hitting your heart cause I know You Got Soul. (Brothers and Sisters!)
さあ1989年 また夏がやってきた(〈踊ろうぜ〉)〈ファンキードラマー〉のビートにのせて この曲が君の心に響いたら〈君にもソウルがある〉って証拠だぜ(〈ブラザーズ&シスターズ!〉)

 「1989年」とは、言うまでもなく、この曲がつくられ、ビデオがつくられ、映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』が公開された年のことです。このビデオを見ると、文脈がより鮮明になっています。つまり「もはや1963年じゃねえぞ」と言っているわけです。
 さらにツッコミをいれますと、「かと言って、1968年でもないだろ?」「じゃあ1970年か?」ということになりますよね。まさに、その話を、いまから語るから、よく聞けと言うわけです。
 「また夏がやってきた」というのは、キング牧師のワシントン大行進が真夏だったことにくわえて、1965年の夏にワッツ暴動がおこって、そのあと毎夏に暴動がおこっていたことを指していると思います。『ドゥ・ザ・ライト・シング』のテーマも「暑い夏の一日」であり、その終わりに暴動がおこるのです。そのスパイクのメッセージとは、「みんな頭を冷やせ!」「正しいことをしろ!」ということでした。


 「ナンバー」「サマー」と続けて韻を踏む言葉は「ファンキードラマー」です。言うまでもなく、ジェイムズブラウンの曲名です。ヒップホップのドラムブレイクとして一番有名な曲です。その次には、ジェイムズブラウンの相棒のボビーバードの「I Know You Got Soul」が叫ばれます。チャックDは、まずこの冒頭において、このJBネタ二つをヒップホップサウンドの代名詞として挙げて、これが俺達の世代の音楽=ヒップホップだぞ!と高らかに宣言しています。
 もっとも、この「Fight The Power」は、ファンキードラマーというよりは、「Hot Pants Road」(The J.B.'s, 1971)の色合いのほうが濃いですね。でも、このボムスクワッドによるグチャグチャサウンドで、ファンキードラマーも含まれているんですよね・・・? そのへんは僕はよく分かりませんが。


 そして、その次にフレイヴァフラヴが言う「ブラザーズ&シスターズ!」は、1972年の『ワッツタックス』のジェシージャクソン牧師の言葉からの引用です。ソウルチルドレンを紹介するときに「Brothers & Sisters! "I Don't Know What This World Is Coming To"! The Soul Children!」と叫びます。このフレーズが、チャックDはいたく気に入っているようで、インタビューなどで何度も言及しています。また、この曲をサンプルもしています。1960年生まれのチャックDは小学六年生だったことになります。



 何故、この「Brothers & Sisters!」が気に入っているのか、僕にはディープなところまでは分かりません。ただ、とにかく気に入っているらしいです。


Listen if you're missing, y'all. Swinging while I'm singing, giving what you're getting, knowing what I know while the Black band is sweating and the rhythm rhymes rolling.

大事なことを言うから オレの話を聞いてくれ これはただの歌じゃなくて 抗議行動なんだ タメになること伝えるし オレの知ってる限りで話すから 黒人のバンドってものは汗水たらして リズムとライムでノッていくさ


 「Missing」というのは、どうやら2番目ヴァースで語られる、この曲のメインメッセージに関係しています。「道を見失っている奴はオレの話を聞いてくれ」ということです。
 「Swinging while I'm singing」における「swing」は、マルコムXの演説からの引用です。有名なスピーチ「投票か闘争か(The Ballot or The Bullet)」の一節「今の黒人は〈我らに勝利を〉を歌いすぎている。歌をうたっている場合ではない。拳を振り上げて抗議しなければならない。(Stop singing and start swinging.)」のことを言っています。
 ここでチャックDは、キング牧師を揶揄しているマルコムXのフレーズをさらに昇華させて、「オレは歌いながら抗議する」と言っています。ラップ芸術、ここに極まれり・・・って感じではないでしょうか。


 つづく「Giving what you getting, knowing what I know」は、このラップがチャックDの知識・知恵を拡散させるためのスピーチであることを宣言しています。カッコいいです。
 次の一行も面白いです。というのは、自分たちパブリックエネミーのことを「the Black band」と呼んでいるからです。これはつまり、たとえば、デュークエリントン楽団・ライオネルハンプトン楽団・ルイジョーダンとティンパニ5・ジェイムズブラウン&JBズ・クール&ギャング・Pファンク、といった具合に連綿と続く黒人音楽の歴史の1ページに自分たちを置いているように聞こえます。今となっては何の違和感もありませんが、1989年の当時は、さすがにヒップホップ黎明期でもないにせよ、ちょうどヒップホップの人気が急激に拡大していた時代ですから、この宣言には重みがあっただろうと思います。


Got to give us what we want! Got to give us what we need!
Our freedom of speech is freedom or death. We got to fight the powers that be.
Fight the power! Fight the power! We've got to fight the powers that be!

本当に欲しいものを勝ち取らなきゃ 本当に必要なものを勝ち取らなきゃ オレたちにとって言論の自由は 生きるか死ぬかの問題なんだから 権力を握っている連中と闘わなければならない
皆で叫ぼう「権力と闘おう!」「権力と闘おう!」「権力を握る者どもと闘わねばならない!」


 1番ヴァースの最後の段落です。ここで、まずは俺達の当然の権利を、獲得・行使するぞと言っています。それは「言論の自由」です。オレたち(黒人)にとって、言論の自由は、生か死かを意味する、と言います。チャックDや彼の隣人にとっては、差別、自由、再分配、教育、といった言葉は直接的に生死に関係しているでしょう。ましてや、時は1980年代後半。クラックが社会現象化し、レーガノミクス自由経済による弱肉強食の時代でした。
 さて、ここで大きな問いです。日本に住む僕たちにとって〈言論の自由〉は、チャックDが言うように「生か死か」でしょうか? 言論の自由(表現の自由)を失うことは、あなたにとって「死」に匹敵する問題といえるでしょうか?
 実は、これこそが、僕がわざわざ、この長たらしいブログを書いている理由です。これは重要な問いです。戦後生まれの僕たちは〈表現の自由〉を失ったことがありません。
 言論の自由というのは、「表現の自由」のいち形態または同義と考えてよいでしょう。表現の自由とは何でしょうか? それが意味するものはーーーことばを始めとして、考えうる
すべての伝達手段が権力によって制限されてはいけない、ということです。文章、声、歌、音楽、絵、写真、映像、舞踊、造形、等々ありとあらゆる形態が考えられます。最も重要なものは〈言葉〉でしょう。それは、新聞やテレビや書籍、教科書や日記、ブログやツイッターすべてを指しています。
 言葉は、権力や財力や組織などを持たない一般市民にとっては、唯一と言ってもよい抵抗手段であって、最後の砦です。これが制限されることは、鳥が翼をむしり取られることに等しい。
 僕は、「表現の自由」について考える機会は、それほど多くなかったかも知れません。あまりにも当たり前のものとして享受していたからです。その〈翼〉の大切さを、もう一度ふかく噛み締めないといけない時代がやってきたようです。
 ちなみに、しばしば、週刊誌が芸能人のゴシップ記事について名誉毀損で訴えられるようなケースで、よく「表現の自由」が言われます。こんなものは「自由」の履き違い(というか勘違い)の最たる例でしょう。自由とは「権力から制限されない」という意味なのですから、訴えられている週刊誌にも「表現の自由」があることなど明白です。表現の自由とは「何を言っても(書いても)、誰からも何も言われない」という意味ではありません。ゴシップ記事を書かれて名誉回復を求める側にも同じく「表現の自由」があるからです。
 本当の〈表現の自由〉とは何か・・・。それが失われたとき何が起こるか。どうやったら守ることができるか。それを真剣に考えねばならない時代がやってきたと思います。このミュージックビデオのテーマである、デモ・集会の自由も、日本においては「憲法21条 表現の自由」によってのみ、保障されています。たったの70年前には、表現の自由(集会の自由や言論の自由)は大きく制限されていました。つい四年前に自民党がつくった「憲法改正草案」を見てください。どのような恐ろしいことが書いてあるか、ご自身の目でぜひ確かめてください。

 憲法改正草案 自民党憲法改正推進本部ホームページ)
 *第21条(表現の自由)だけでも良いので是非よんでください。


 音楽に戻ります。続いて、ようやくおなじみのフレーズです。「ファイト ザ パワー!」・・・この1番のヴァースでは、言論の自由、つまり「言うべきことを声をあげて言う権利」を確保するために、「権力と闘わねばならない」と言っています。「言論の自由」というのは、ヒップホップそのものと同義なわけです。そして、デモ・集会の自由、も当然ながら、同じひとつの概念です。一番ヴァースのテーマは「ヒップホップ讃歌」ということだと思います。言論の自由を確保するために闘おう! そのツールとして、デモやヒップホップが存在している、ということでしょう。

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As the rhythm is designed to bounce; what counts is that the rhymes
designed to fill your mind now that you've realized the pride has arrived.

リズムトラックもいいノリを出してるが 大事なのはリリックのほうで 君の頭に浸透するように書いたよ もう分かってるだろう 黒人が誇りを持つ時代の到来だぜ


 さあ、この曲の本丸、2番ヴァースです。メッセージの中核部分へやってきました。
 「君の頭に入るような良いリリックを書いたぜ」と言っています。前のヴァースでもありましたが、この歌は「啓蒙ソング」であること。そしてチャックDは引き続いて、自身のラップに大きな自信をのぞかせています。
 そして言います。「The pride has arrived.」
 ここでの「プライド」は、もちろん「黒人の誇り」を意味しています。「誇り」よりも「尊厳」というように訳したほうが良いのかもしれません。黒人権利闘争においては「Pride」というのは重要タームですよね。
 後述しますが、明らかにチャックDはこの曲をジェイムズブラウンの「Say It Loud - I'm Black & I'm Proud」の現代版として捉えています。
 パブリックエネミーとジェイムズブラウン。ヒップホップとファンク。80年代と60年代。1989年と1968年。ラップと歌。マルコムX再評価とキング牧師の暗殺。そんな対比が浮かびあがります。


We got to pump the stuff to make us tough from the heart. It's a start, a work of art. To revolutionize, make a change. Nothing's strange.

黒人の尊厳を育てるんだ そしてタフな心を養っていこう まだ始まったばかりだ これは思うほど簡単じゃないぞ 革命化を実行するため 物事を変えていこう どんどんやっちゃおうぜ


 この段落は何を言っているのでしょうかね。

 黒人の誇り → 強靭な心 → 物事を変えて行く力 → 革命

ということで合ってますでしょうか......?(ご指導ご意見おまちしています。)


People, people, we are all the same; No, we're not the same cause we don't know the game.

〈みなさん みなさん〉人類はみな同じです! いやいや まだ同じじゃないだろ だって同じ土俵にあがっていないんだから


 改めて、この歌は、黒人(アフリカ系アメリカ人)から黒人のためのメッセージです。白人によって形成されている権力構造と闘おう、と訴えています。しかし、チャックDは、インタビューなどでも回答していることですが、黒人の優位性や白人の劣性を唱えているわけではありません。
 マルコムXは、このビデオで特別に大きな写真が掲げられていますけれども、ある時期において「白人は悪魔である(とイライジャモハメド師は教える)」という立場をとりました。しかし、それは、スパイクリーやチャックDら若い世代の支持を集めているマルコムXの思想の中心部分ではありません。チャックDは、まずそれを明言しています。「どんな肌の色であろうが、髪や目の色をしていようが、人類はすべて同じ人間である」と言っています。
 それを明確に言ったうえで、「ただし、同じというのは違う」。黒人は、白人と同じ機会を与えられていないんだから、同等に競争させられるのはオカシイだろ、と言っています。
 「We don't know the game.」というのは、「We don't know the name of the game.」という意味。アメリカという国のマイノリティに対するやり方は、チェスなのかバスケなのかテニスなのか、なんの種目かも知らせずに勝負に参加させているようなもので卑怯だぞ、と言っています。
 「Game」というのは、重要キーワードです。米黒人のあいだでよく耳にする概念のように思います。
 一言で言えば「競争」ということですが、「人生ゲーム」という雰囲気も感じます。貧困な地域に生まれた人達が、「近いうちに死ぬ」という前提で、自分の生命をゲーム(チェスや3-on-3ような勝負でしょうか、それとも競馬などの賭け事でしょうか)に準えています。
 そして、そのゲームの「親」は自分ではない。自分の知らない何処かでほくそ笑んでいる「あいつ」が、このゲームの支配者。ーーーそんなニュアンスも含んでいるように思われます。
 言うまでもありませんが、「People, people」は、もちろんJBの「ファンキープレジデント」からの引用です。


What we need is awareness; we can't get careless. You say, "What is this?" My beloved, let's get down to business. Mental self-defensive fitness.

オレたちに必要なのは「目覚めること」 つまり無関心ではダメだ アンタは「何のこっちゃ?」って言うかもしれないが...... 親愛なる同胞たちよ そろそろコトに掛かろうではないか 自己防衛の精神的訓練だ


 「Awareness」という言葉も、ブラックヒストリー重要ワードですよね。覚醒。気づくこと。目覚めること。知ること。
 チャックDの立ち位置から考えて、スピリチュアルなことを意味していることは無いでしょう。たとえば「我々は、五千年前に、アフリカを経由して宇宙からやってきた神の子供達なのだ!」とかーーーそんなことは言っていません。チャックDの言っていることは、黒人の尊厳と機会の平等です。
 我々は、白人と比べて劣っている人間などではないという目覚め。そして、被支配階級である黒人は、400年のあいだ権力によって、貶められ騙されてきたというアメリカの欺瞞についての目覚めです。
 だから「諦めたり」「満足したり」していては、自由は勝ち取れないのだということを、強く訴えています。

 二行目の「What is this?」というのは、目覚めていない同胞を嘲っています。こういうのは、一種のジョークという意味でフレイヴァフラヴが道化を演じているようです。たとえば、
 「おーい、オレの声が聞こえるか?」
 「ダメだよ、まったく聞こえないよ!」
とか
 「これから、絶対に、ゼッタイって言うな!」
というたぐいのジョークですね。
 そして「Mental self-defensive fitness」というのは、前の段落で登場した「tough from the heart」と同じ意味となるでしょう。


Yo! Bum Rush The Show! You gotta go for what you know. Make everybody see in order to fight the powers that be. Let me hear you say, "Fight the power!" "Fight the power." We got to fight the powers that be!

〈おいみんな! 一気に突っ込むぞ〉 自分の知識が頼りだぞ 皆を目覚めさせて闘わなきゃ オレたちは権力を握る者たちと闘わなければならないのだ 「権力と闘おう!」「権力と闘おう!」「権力を握る者どもと闘わねばならない!」


 "Yo! Bum Rush The Show"というのは、パブリックエネミーのアルバムのタイトルです。「おいみんな、突っ込むぞ!」という意味です。1987年の元歌(1987年)のほうでは、Hip-Hopのクラブに、入場料を払わずに済むよう全員で突っ込め、みたいな意味のようなのですが、ここにおいては「知恵を結集させて、みんなの力を合わせて権力と闘うぞ!」ということでしょう。



Elvis was a hero to most but he never meant shit to me. You see straight up racist that sucker was simple and plain. (Motherfuck him and John Wayne!)
エルヴィスプレスリーは国民の英雄らしいけど オレにとってはカスほどの意味も無いし ヤツは完全な差別主義者だったのさ(あのクソ野郎と それからジョンウェインもな)


 ここから、有名な第三番ヴァースです。アメリカの英雄は白人ばかりで、オレたち黒人には英雄が居ないのだ、と歌います。大げさに言いますと「メディア論」になっていると思います。
 日本でいうところの、江戸時代のお侍さんが登場する「時代劇」にあたるのが、アメリカ開拓時代を舞台にした「西部劇」で、アメリカ先住民(いわゆるインディアン)やアフリカ系アメリカ人のイメージが著しく歪められていたことで有名なものです。その西部劇の大スターがジョンウエインで、役柄のみならず本人も人種差別主義者として知られていました。
 ジョンウエインについては議論の余地は無いのですが、エルヴィスプレスリー批判については違和感を抱く人も多いのではないでしょうか。というのも、かの地メンフィスで南部の教会音楽に慣れ親しみ、リズム&ブルーズの発展にも貢献したプレスリーは、どちらかといえば「親黒人派」と考えられているからです。
 このことについては色んな議論があるので詳しく書きませんが、ここでチャックDが問題にしていることは、エルヴィスが個人的に差別主義者だったかどうかではなく、「アメリカ音楽の歴史に貢献した(黒人の)英雄が多くいたはずなのに、何故その英雄たちは無視されているのか?」ということです。プレスリーより貢献した人物はもっといたはずなのにオカシイだろ、と訴えています。


Cause I'm Black and I'm proud. I'm ready and hyped plus I'm amped. Most of my heroes don't appear on no stamps. Sample a look back. You look and find nothing but rednecks for 400 years if you check. "Don't Worry Be Happy" was a number one jam. Damn, if I say it, you can slap me right here.
だってさ オレは〈ブラック&プラウド〉だから いつでもOKだし マイク片手にアクセル全開だぜ 切手に描かれる人物は オレの尊敬する人だったためしが無い 調べてみたらわかるだろうけど アメリカ400年の歴史で切手になってるのは白人野郎ばかり 去年は〈心配ないさ 気楽にいこう〉なんていう歌がチャート一位になってたけど もしオレがそんな曲を歌うことがあったら この顔をひっぱたいてくれ


 「Black & Proud」は、言うまでもなくジェイムズブラウンの代表曲のひとつ「Say It Loud - I'm Black and I'm Proud」からの引用です。JBは1968年にこの曲「〈オレは誇り高き黒人だ〉と声をあげよう」を八月に録音してヒットさせました。


 この曲が夏にリリースされたことは大きな意味があります。というのは、その春にキング牧師が暗殺されたからです。JBは、新しい時代のアンセムをつくったわけです。
 キング牧師からマルコムX、そしてストークリーカーマイケル、ラップブラウン、そしてブラックパンサーの時代へ。公民権運動からブラックパワー運動へ。ゴスペルからファンクへ。そして今、ヒップホップの時代へ。
 一番ヴァースでも既出ですが、つまり、公民権法制定への大きな力となった曲「We Shall Over Come(勝利を我らに)」から五年後の「Say It Loud」へ。そして「Fight The Power」はその続編にあたる、というわけです。
 さて、「黒人には英雄がいない」「歴史が書き換えられて意図的に英雄が消されてきた」という言説はアメリカ黒人社会では常に話題となる一大テーマです。英雄の存在は「黒人もやれば出来る」ということの証明ですので、メディアは意図的にそういった歴史を抹消する傾向にあって、白人支配構造の大いなる助けになっていると考えられています。
 『ドゥ・ザ・ライト・シング』は、まさにそれ(ピザ屋の壁に黒人の写真を掲げろという要求)が火種となって暴動に発展するストーリーでした。そしてこのミュージックビデオでも、英雄の写真が多くプラカードに掲げられます。


 次に、大ヒット曲「Don't Worry - Be Happy」は、一度聴けば耳から絶対に離れない、万人の心に訴える魅力あふれたメロディーの曲で、1988年9月に全米POPチャート1位となりました。しかしこの曲は、偉大なジャズ歌手・ボビーマクファーリンのキャリアにとって唯一の汚点といってよいものです。現に、絶対にボビーはこの曲をライブで歌いません。・・・なぜか?


 それはこの曲が「ジョークソング」であり、しかもジャマイカ人を侮辱し、しかも問題が山積するこのアメリカ社会のなかで「心配するな」などという反進歩的な歌だからです。生粋のニューヨーク人であるボビーが、「レゲエのおじさん」よろしく、偽ジャマイカ訛りで「明るく振る舞えば なんでも上手くいく」などと能天気なことを歌います。道化となって白人と戯れるビデオまで制作されました。もともと、スタジオの暇つぶしで「お遊び」で録音した歌だったのですが、図らずも大ヒットとなりました。これは誉れあるジャズの歴史を受け継ぐ者として相応しいものではありません。
 そんな事情ですので、チャックDのライムは、同胞ボビーを責めているわけではありません。作者ではなく、歌そのものだけを糾弾しています。「もしオレがその歌をうたったら、オレの顔をひっぱたいてくれ」と言っています。「ボビーの顔をひっぱたいてやれ」とは言っていません。
 真の黒人の英雄はメディアには登場しない。その実例の一つとしてボビーマクファーリンの悲劇的事例をあげています。


(Let's get this party started right!) Right on, come on!
What we got to say, "Power to the people!" No delay. To make everybody see, in order to fight the powers that be!
さあ これから騒ぐぞ (本当のパーティーを始めよう)その通り! 合い言葉は?「すべての権力を人民に!」それも今すぐ 皆を目覚めさせて 知らせよう オレたちは権力を握る者たちと闘わなければならないのだ
「権力と闘おう!」
「権力と闘おう!」
「権力を握る者どもと闘わねばならない!」


 さあパーティーを始めるぞ!と宣言しています。パーティーというのは闘争のことを指しています。これは僕の心にも、強く響いてきます。というのは、権力と本当に勝負するためには、比喩でなく本当のところ、パーティ/祭り/大騒ぎというものが実は有効であるからです。
 行儀の良い「市民の集い」や「勉強会」も必要です。しかし、往々にして本当に力となり得るのは、楽しいドンチャン騒ぎであったりするのでしょう。最終的な革命は大喧噪のなかで達成されるでしょう。騒ぐことに意味がある。人数の多いのは、支配者ではなく市民のほうなのです。だから、権力者にとって恐ろしいのは「騒動」なのです。大挙して騒げば、武器を持った警察や軍隊ではなく、声をあげる市民が勝利することは歴史が証明しています。
 その「パーティー」を始めるぞ、と言うわけです。無論ながら、それは「正しいパーティー」でなければならない。それこそが〈ヒップホップ〉である、と宣言しているように僕には聞こえます。

(おわり)
音楽と関係ある度:★★★★★



 * この記事は〈翻訳編〉〈解説 後編〉と合わせてお読みください。

 MV「FIGHT THE POWER」翻訳

 MV「FIGHT THE POWER」を解説する。(後編)



 パブリックエネミーの「Fight The Power」は、スパイクリーの映画『DO THE RIGHT THING』のためにつくられた曲でした。タイトル曲でもあり、劇中でも繰り返し流れます。例の「ラジオラヒーム君」がビッグサイズのラジカセでこの曲を流しながら街を歩き回ります。「パブリックエネミー」という名前さえ劇中に登場します。

 このミュージックビデオもスパイクによって監督されました。その姿も、何度かビデオに映っています。冒頭の「Playback!」という声もスパイク。

 このビデオがつくられたのは1989年。ニューヨーク市ブルックリンでした。

 そして、30年ちかく経った2016年、遠く太平洋を挟んだ日本に生きる僕たちと、このメッセージが、直球ストライクでつながっているように思えます。それで、わざわざこうして「解説」を書いてみることにした次第です。

 というのも、このミュージックビデオのテーマが、ずばり「デモ・集会」だからなのです。

 「曲」のほうのテーマは三部構成に分かれます。それも追って詳しく見て行きます。


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*     *     *


 このニュースのどこが「ダメ」なのか、分かるでしょうか?
 この原稿のほぼすべて一言一句が猛烈にダメなのです。たとえば、冒頭の一文「リンカーンが奴隷を解放してから百年にあたる今年・・・」というのさえ「ダメ」なのです。いろんな声が聞こえてきそうです。「黒人が〈自由〉になって100年・・・どの口が言う?」「まだ黒人を奴隷と思ってるのか?」「まだ本当の奴隷制の歴史は終わってないぞ」「〈解放したこと〉ばかり言いやがって、〈奴隷にしたこと〉の話はしないのかよ」という様々な声が、僕の耳には聞こえてくる気がします。・・・どうでしょうか。
 いずれにせよ、キング牧師を中心とした公民権運動は、襲撃やリンチや放火が行われていた当時の「今」を扱っているのですから、「リンカーンから数えて何年目か?」なんて、まったくナンセンスでしょう。ワシントン大行進は奴隷解放宣言100周年を「記念」しておこなわれたものですが、そんなの、ただの盛り上げるための戦術です。なんだかめでたいことのようにアナウンサーが言うのはオカシイのです。「百年経ってもこの惨状」という意味にしかならないのです。そういう文脈ではないことは明らかです。

 最も屈辱的な部分はこの一文でしょう。「ワシントンD.C.を訪れた人が大人数すぎて、ビールも買えなくなってしまいました」。まるで大行進の参加者が、ビールを飲んでお祭りでもやったかのような印象操作です。
 そして最後は、バカバカしくも「(デモが行われているので)民主主義は健全です!」というアメリカ合衆国賛美で締めくくります。民主主義が実現されていないから行進をやっているのに。

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 さて、時代は四半世紀ほど飛びまして、われらがチャックDの登場です。僕は当時の反応を詳しく知りませんが、このチャックDの言葉が論争をよんだことは想像にかたくありません。世紀の偉人・キング牧師の行進のことを「ナンセンス」とこきおろしているのですから。誰だって耳を疑うことでしょう。

 「何様! ヒップホップとかラップとかいうアホの音楽をやる小僧が、キング牧師を侮辱しているぞ。けしからん!」という論調が、少なからずあっただろうと思います。
 しかしそれは違うでしょう。チャックDは、キング牧師の偉大な足跡はもちろんのこと、三百年の歴史、とくに1950年代後半から現代までに起こったことは良く知ったうえで発言しているでしょう。1989年のチャックDにとっては、「黒人問題」というのは「現在の問題」であり「自分自身の問題」なのですから、「四半世紀前、キング牧師というエラい人がいて、こういう戦術をとった」というのは過ぎ去った歴史的な事実であって、学ぶことは当然ながら、むしろ、それを乗り越えなければならない責務を負っているわけです。

 まさに今日 クラックで死んでいく人がいる、今日 警官に撃たれる人がいる、今日ギャングになって撃ち合いをやっている子供が居る。どうやってそれに立ち向かうのか。・・・そういうことじゃないでしょうか。

 キング牧師の戦術はもう古い。新しい世代は違う方法で闘わなければならない。そして、それは、1989年の今、拡大しつづけているヒップホップという新しい音楽と強くシンクロしている、それが彼のメッセージです。

 キング牧師のとった戦術は、ガンジーに倣った〈非暴力主義(無抵抗主義)〉による〈座り込み〉や〈行進〉でした。
 その思想・戦術は、公民権法の制定(1964年)などの大きな成果をあげました。しかし、ベトナム戦争激化やワッツ暴動を経て、1960年代後半には「時代遅れ」と見なされるようになっていきました。


 それでは、チャックDが「現代のアプローチ」として提唱しているものは何でしょうか。

 彼がこのビデオで挙げているものは、下記の三つです。


 ・セミナー(Seminars)

 ・記者会見(Press conferences)

 ・抗議集会(Straight-up rallies)


 それぞれを確認していくことにします。まず一つ目の〈セミナー〉です。日本語で言うと〈勉強会〉というような感じでしょうか。辞書ではおよそ下記のように掲載されていました。


Seminer [noun] 1. A conference or other meeting for discussion or training. 2. A class at a college or university in which a topic is discussed by a teacher and a small group of students.

【セミナー】[名詞] ①議論や訓練を行う集まり。②大学における授業。一人の教師と何名かの生徒が、一つの議題について議論する。


 どうやら、講師がしゃべり続けるのではなく、講師の指導のもとで参加者(生徒)が「議論する」というのがアメリカ式のようですね。

 つぎに〈記者会見〉です。これは、まあお馴染みですよね。


Press conference: An interview given to journalists by a prominent person in order to make an announcement or answer questions.

【記者会見】 一人の中心人物が記者団とおこなう面接のこと。何かを発表したり、質問に答えたりする。


 そして、最後です。"Straight-up rallies" と言っていますので、〈直接抗議集会〉とでも訳したら良いのでしょうか。


Rally [noun]: A mass meeting of people making a political protest or showing support for a cause.

【抗議集会】[名詞] 何らかの主張についての、政治的抗議をするため、または賛成表明するため、大人数が集まること。


 そんなことですので、キング牧師の「March」と、チャックDの「Rally」が本質的にどう違うのか?・・・を知りたいところですね。米語版ウイキペディアから、部分的に翻訳します。

https://en.wikipedia.org/wiki/Demonstration_(protest)

https://en.wikipedia.org/wiki/Protest#Forms_of_protest


〈デモンストレーション〉または〈街頭抗議〉とは、多人数の団体(ひとつの団体、または、ある程度の人数の団体が複数)が、政治的主張を目的として行動をとること。通常、大行進または集会の形態をとる。行進の場合は、集合場所またはスタート地点が決められる。集会の場合は、スピーチを行なって参加者が聴く。(中略)


[形態について]

デモンストレーションには多くの型が存在する。細かな違いも多くありうる。下記はその代表的なもの。

・Marches(行進)......行列をなして、決められた道程を進みながら政治主張を行う。

・Rallies(集会)......大勢の人が集まり、演説や音楽演奏をきいたりする。

・Picketting(ピケ).....ある場所(主として職場)のまわりを取り囲んで、人が通れないようにする。(以下略)


 また、ほかには、Sit-in(座り込み)、Vigil(キャンドル集会)、Civil disobedience(市民的不服従)、Ceremony(式典、祭り)などがあると他ページに列挙されていました。


 上記により分かることは、「March」も「Rally」も、意義のうえで大きな違いは無いということです。そうなってくると、Straight-up という言葉が肝心ということになるでしょう。日本語でいうと「マジで」「ガチで」という意味。


 つまり、どういうデモが「Straight-up rally」であって、 どういうデモがそうでないのか? これが一番のテーマではないでしょうか。


 「直接的に要求を訴えるデモ」または「直接的な政治力となるデモ」ということだと解釈したら良いでしょうか。

 みなさんはどう思われますか?


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 それでは、〈前編〉の最後に、プラカードになっている偉人の面々を記しておきます。いちおう登場順です。
 この「偉人」つまり「黒人(我々)の英雄」というのが非常に重要なのです。〈後編〉でそのことを書きます。

 ・ジョールイス Joe Louis(ボクシング選手)
 ・ポールロブソン Paul Robeson(俳優・歌手)
 ・ハリエットタブマン Harriet Tubman(奴隷解放運動家)
 ・アンジェラデイヴィス Angela Davis(活動家、カリフォルニア大学教授)
 ・メドガーエヴァーズ Medgar Evers(活動家、全米黒人地位向上協会ミシシッピー支部)
 ・マルコムX Malcolm X(活動家、アフリカ系アメリカ人統一機構)
 ・サーグッドマーシャル Thurgood Marshall(最高裁判所判事)
 ・ジェシージャクソン Jessie Jackson(活動家、Rainbow/PUSH)
 ・フレデリックダグラス Fredderick Douglas(活動家)
 ・マーチンルーサーキング(活動家、南部キリスト教指導者会議)
 ・ジャッキーロビンソン Jackie Robinson(野球選手)

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*     *     *


 さて、いよいよ〈後編〉では、「Fight The Power」の歌詞の研究にうつりたいと思います。


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 一つ目のヴァースは、導入部であり、音楽(ヒップホップ)と抗議行動、の関係について歌っています。

 二番目のヴァースでは、本丸のメッセージが語られます。オレ達に一番必要なものは「Pride」と「Awareness」(人としての尊厳、それに目覚めること・関心をもつこと)だと言います。

 そして三番目のヴァースでは、偽善的ヒーローや既存の権力(いわゆる「The Hype」)を糾弾します。そして、当時人気者だった同胞のボビーマクファーリンの悲劇的事例をあげて、真のメッセージを届ける新しい音楽=ヒップホップを讃えているという構造になっています。


 それでは、〈後編〉で詳しく歌詞の内容を説明したいと思います。

 (つづく)


 MV「Fight The Power」を解説する。(後編)

僕が日本のアーティストに望むこと

 
総じて、アーティスト/音楽家というものは、やっぱり、ある種の影響力を持っているはずです。
その人達が実際に動けば、大きな<風>をおこす能力を持っています。

アーティスト/音楽家というものは、辺野古基地をストップさせたり、安保法制を廃止にしたり、原発再稼動をとめたりできるパワーを持っていると、僕は信じています。
2016年7月に選挙があります。そこで安倍政権を退陣に追い込み、日本の政治の流れを変えることも、当然ながら出来ます。


ところが、そういった実績は今のところ無い。
やっぱり、動かない。
動きそうな人でも動かない。
リベラルっぽい人でも動かない。

多くの人がこう思っていると思います。
「アーティストはレコード会社やテレビ局との<しがらみ>があって、個人的な意見を言う事ができないんだろう・・・」
しかし僕が考えるに、そういう事情は無いんじゃないか。

実際、動けない理由は、
「どうしたらよいか分からない」
「なにを言ったらよいか分からない」
「それによって何を失うのか、よくわからない」
ということなんだろうと思う。
(もちろん、僕だってその一人です。)

そういったスイッチを入れるのは勇気が要る。
フツーの市民とちょっと違う。
ステージに立つ人には期待も大きい。
たくさんの人の前で、語ることが求められる。
もしかしたら、次の日の仕事で、イベント司会者や雑誌インタビュアーから、
「集団的自衛権についてどう思いますか?」とか
「日本が脱原発できない理由はなんだと思いますか?」
なんて質問されちゃうかもしれない。
そのとき、専門的な事柄をよく知らないことがバレちゃったらカッコ悪い。
<平和>や<人権>について、気の利いた言葉を吐き出すことができなかったら、ダサいと思われちゃうかもしれない。


・・・・それについて、僕はこう考えています。

アーティストや音楽家というものは、饒舌に語る必要はない。
政治情勢について、自らの分析を披露したりする必要はない。
エネルギー政策についての対案を持っていなくて良い。
経済政策を詳細に批判するような知識がなくとも良い。
尖閣問題について解決策を提示できなくてよい。

そんなことは、アーティストに求められていないし、出来るようになる必要性は、無い。

僕はこうしたらいいと思う。

デモや集会に参加したらいいと思う。
デモや集会に参加することを世間に予告したら良いと思う。
デモや集会に参加したことを報告したら良いと思う。
デモや集会で写真を撮られたらいいと思う。

もし求められたら、デモで一曲演奏したらいいと思う。
スピーチをするなら、知人と原稿を練ったらいいと思う。

7月の選挙では、どの政党/候補を支持するか発表するのが良いと思う。

選挙は<消去法>です。ブログやSNSで明言する。できれば応援演説にいって、一曲歌うのがよいと思う。

(結局のところは、アーティストも一般市民も無い。結論は同じ。とても重要。)

わざわざヘタを打つ必要はない。
アーティストは、バットの良い振りかたを練って、スカッと爽やかなスイングを見せて欲しいと思う。

それが、「音楽の力」で世の中を変えるということじゃないかと思う。
たしかに、たくさんの人の利害が渦巻くところだから一筋縄ではいかないかもしれない。

しかし、なによりも、音楽家の発言が求められている時代だ。

今は「激動の時代」と言われる。
「崩壊の時代」と言っても良い。
時間の猶予は無い。
 朝4時すぎ、僕は、国会正門前から離れて国会の裏側、議員会館のほうへ移動しました。Tさんとお会いするため。
 歩く途中で、どんどん明るくなりました。「総がかり行動」は解散となった模様。いくつかの団体がまだ残っていた。
 Tさんはちょうど片づけを始めたところだった。KTさんもいらっしゃった。昼からぶっ通しで一日中コールを続けていたらしい。目が真っ赤で、もうヌケガラみたいに疲れ果てておられた。

 それから、Tさんと1時間ほど立ち話。興味深い話をたくさんしていただいた。そのあいだに、始発の時間がきて、どんどん人が帰っていく。六時すぎには、完全に明るくなって、人も全くいなくなってしまいました。
 別れ際にTさんがおっしゃった。「国会前に12万人も集まって、それでもこの新しい安保法制を止めることはできなかった。やっぱり、数万人でもダメだ。もっともっと大きくしていかないといけない。ましてや数百やら数千ではまったく足らない。いろんな<風>を起こしていかないと、市民運動を大きくして勝利をかちとっていくことは難しい」

 それから、(僕のような、いわゆる活動家ではない)ミュージシャンには、新しい風を起こしてくれるよう期待をもっている、という意味のことをおっしゃった。

 お別れをして、参議院議員会館前から永田町駅出口まで、ほんの150メートルほどを歩きました。
 もう辺りにはたったの一人も居ません。お巡りさんが数名いるだけ。朝はまだ静かで肌寒いが、今日はいい天気のようで、もう陽がまぶしい。
 つい数時間前まで、ここで、戦後70年における大転換点といってもよい抗争が行われて、数万人が目に涙をためて必死に声をふりしぼっていたのが嘘みたいです。みんな帰っちゃった。

 ああ、あれだ。<革命の夜、いつもの朝>・・・このフレーズが本当にピッタリ。初めて体験した。
 正確にいえば、肝心の<革命>を起こせなかったわけで、やっぱり違います。でも、<革命>は今からみんなで起こすのだから、まあいいか。

 地下鉄に乗って、車をとめておいた青山一丁目まで。そこから運転して自宅へ。土曜日の朝7時だから交通量は多くありません。渋谷あたりもスイスイ。
 運転しながら、昨晩のことや、この一週間のこと、この数ヶ月のことが頭をめぐりました。(これだけ盛り上がったのに、やっぱり安保法は成立した・・・。みんな分かっていたことだけど。)

 12万人が国会前に来ても、全国で100万人規模のデモをやっても、ストップできませんでした。悪の組織はスイッチが入ると、もう誰にも止められなくなります。あらためて、敵の恐ろしさ、巨大さを想いました。
 (日本はこのまま、「武器商人の国」になっていくのかな? アメリカと同じ「経済的徴兵制」になっていくのかな?)
 (自衛隊の若者が、アメリカ兵と一緒になって世界中で殺したり殺されたりするのかな?)
 そして、数十年後には、行きつく先が、1945年のような民間人もふくめた大殺戮だとしても、もはや違和感をおぼえません。

 そして自分の小さな娘たちのことを考えた。
 (・・・ぜったい大丈夫だぞ、なにも心配することないぞ。いざとなったらパパが外国でもどこでも連れて行ってやるからな。何の心配事もなく成長するんだぞ・・・!)
 そんなことを考えていたら、同時に、自分の無力さもよく分かってきて、涙があふれてきた。

 こんなことになるなんて。二十数年前にはもう分かっていたようなことなのに。いままで何も出来なかった。何もしなかった。何故だろう?

 7時半頃、家にたどりついて朝食をとり、アパートのベランダから外を眺めたら、まるで、この一週間 何事も無かったかのよう。
 驚くほどいい天気で、年配者は犬の散歩。
 
 そこでようやく、僕は理解したのでした。山本太郎議員や、SEALDsの人達が言っていたことを深く理解しました。

 涙を流したり、嘆いたりしていてはダメだ。感傷的になって、これを<安保闘争に敗れた日>なんて美化するのはバカバカしいことだ。
 今後やらなければならないことは、もう明白です。戦争法を廃棄すること。さらには、辺野古基地問題、原発問題、経済問題、差別問題、その他たくさんの課題があって、とにかく、「正しいか間違っているか」とか「得か損か」とか「カッコいいか悪いか」とか「誰が何と言っているか」ではなく、弱い者の側から物事を見て判断して、微力ながらも発言したり行動したりしていくしかないのだ。
 終わりは無いのだから、明るく朗らかに行くほか道は無い。

 その土曜日と日曜日は、自分でも理由は分からないが、思い出すたびに涙がでそうになったが、泣いたって良いことは一つも無いと考え、やっぱり、明るい光のさす方向へ導いてくれた各氏に深く尊敬の念を抱いた。
 これからは、行動あるのみ、でいこう。 (おわり)

午前0時10分、ついに参院本会議が再開。民主党 福山議員が演説。

「福山がんばれ! 福山がんばれ!」

 国会前では「福山がんばれ!」のコールが何分間にもわたって続きました。ながいあいだ皆で同じことを言い続けました。「福山がんばれ!(福山がんばれ!)」・・・何分間だったでしょうか、延々と言い続けていたら不思議な効果で、涙があふれてきました。

 こうやって数ヶ月のあいだ、たくさんの人が何度もここに集まって声をあげてきました。8月31日には雨にもかかわらず12万人も集まりました。今日はこんなにたくさんの人が来ている・・・。それでもこのままこの法案は通ってしまうのでしょうか?
 いまここで声をあげている人は、惨敗の現実を受け入れなければいけない悔しさで、半分くらいの人が泣いているんじゃないでしょうか。暗いから見えないし、知らない人の顔を覗き込むわけにもいかないのですが。

 約30分後に福山議員の演説は終了。三時間くらいやってほしかった。演説は一人15分までと制限されてしまったとのこと。「あほ! <牛舌>をやって、演説台から引きずりおろされるまで、しゃべらんかい!」と激しく思う。

 午前2時ごろ、ついに投票開始。コールは中止される。皆でスピーカーに耳を傾け、投票する議員が一人ひとり呼ばれる声を聞く。スマホで中継の動画を観ると、山本太郎議員がひとりで牛歩をやっている。そのほかは牛歩をするものは誰もいないようです。粛々と投票がすすむ。
 しばらくすると、山本太郎議員ひとりになりました。時間をかけて階段をのぼったあと、議員席に向かって何か大声で言っているようだ。「そんなに議員の席にしがみつきたいか!」「外の声が耳に入らないのなら国会議員なんて辞めてしまえ!」と叫んでいたのだと、のちに知る。

 投票は終了。票が読み上げられ、かくして戦争法案は可決した。

 午前2時30分ごろ、国会前にて福山議員スピーチ。
福山議員:「昨日の、あの暴力的な強行採決の景色と、今日のこの一瞬を忘れないでください!そしてこれからも一緒に闘ってください!」

「選挙に行こうよ! 選挙に行こうよ!」
「デモに行こうよ! デモに行こうよ!」

 そして午前3時ごろ・・・何が起こったか? やっとここまできました・・・。実は、これが、とても長いこの「日記」の、本題なのです。

 不可解なハイテンションの山本太郎議員がスピーチ。
 そして謎のコール。

「アベ〜は ヤメ〜ロ! アベ〜は ヤメ〜ロ!」
「センソ〜は スル〜ナ! センソ〜は スル〜ナ!」

 Youtubeにも動画が残されています。けど、今それを改めて見ても、あのときの「違和感」はちょっと伝わらないと僕は思うのだ・・・。

 あのとき、あの場所に居た人は、ほとんどが、数週間または数ヶ月、国会に通い詰めた人だったと思う。だから、参議院の通過が決定したとき、かなりの悲壮感に打ちのめされていたはずです。福山議員がスピーチしたとき、涙を流した人も多かったと思う。
 そこへきて、この太郎議員のナゾに満ちた、無理矢理に明るいスピーチでした。決して、成功している(ウケている)とは言えないのですが、この日記を書いている今となっては、彼のやろうとしたスピーチの<意味>はよく分かるのです。

 「明るくいかないとダメだぞ」と彼は言っていたのです。この段階で、打ちひしがれたり、感傷的になったり、果ては<挫折>したり・・・そんなことでは、権力側の思うツボなのです。ここでガハハハと笑うことができる<信念>が僕たちにあれば、それって権力者にとっては一番おそろしいものじゃないか? それを太郎議員は言っていたのだと思う。

 太郎議員:「なんで、あんな法案が通ったのに(お前は)そんなに明るいんだ?って思われる方いらっしゃるかも知れませんけど・・・、これ、今から変えていくだけなんですよ、あとは! そうですよねっ!」

 そうして、国会前の数千人で、朝の始発電車まで、スピーチやコールがつづいたのでした。
 このあと、SEALDs KANSAIの方の「親子丼とコーヒーの美味しいお店です」のスピーチ。みんなが泣いた。

(最終回へつづく)

 午後10時ごろ  国会前到着。

「野党はがんばれ! 野党はがんばれ!」
「強行採決 絶対反対! 強行採決 絶対反対!」
「アベはヤメロ! アベはヤメロ!」
「憲法守れ! 憲法守れ!」
「憲法守れ! 憲法守れ!」

 ところで、「安倍は死ね!」とか、そんな類いの、汚い言葉を使ったコールをやっているという誤解もあったようです。
 ・・・断じてありえない。活動を貶めようとする悪質なデマです。
 どの団体にせよ、そんな稚拙な表現力で闘っていたのであれば、デモがここまで大きくなっているはずがない。そんなことは全員了解済みなのだ。

午後11時ごろ 「太郎はがんばれ! 太郎はがんばれ!」
       「野党はがんばれ! 野党はがんばれ!」

 たしか、この時間帯に、テレビ番組「サンデージャポン」の取材を受けました。
 一つ目の質問は「まもなく安保法制が成立しますが、いまの気分はどうですか?」でした。これだけでもイライラさせられましたが、そのあとは「デモでお腹すきませんか?」「トイレはどうするんですか?」とアホなことばかり質問されて閉口でした。

午後11時20分ごろ
小熊英二氏(映画監督)スピーチ:「民主主義って何だ?(これだ!)」

午後11時25分ごろ
奥田愛基氏スピーチ:「19日の未明になんか始めてるヤツがいたらそれはオレ達なんですよ」
          「民主主義に観客席は無いんです」

午後11時35分ごろ
共産党 志位委員長スピーチ:「せっかくつくった野党共闘、どんなことがあろうとも、今後も発展させることを皆で確認しました」

午後11時45分ごろ
SEALDs:「民主党の人はいま、牛歩をやるかどうか悩んでいるそうです・・・やってもらうしか無いでしょう!」

「野党は牛歩! 野党は牛歩!」
「国会議員は起きて話聞け! 国会議員は起きて話聞け!」
「憲法まもれ! 憲法まもれ!」
「野党は牛歩! 野党は牛歩!」
「安倍はヤメロ! 安倍はヤメロ!」

国会内では、鴻池委員長の問責決議案の趣旨説明を、民主党小西議員が約一時間行う。極端に長い演説をやって時間かせぎをするという、<牛歩>の演説版、<牛舌戦術>だ。

「小西は頑張れ! 小西は頑張れ!」

午後12時ごろ
平田オリザさんスピーチ:「レジスタンスに最も大事なのは信頼と連帯です!」

「野党はがんばれ! 野党はがんばれ!」
「野党は牛歩! 野党は牛歩!」

(つづく)

 金曜日。朝11時に起床。お昼前にもなって目を覚ましました。しかし就寝したのが朝六時でしたので、「寝坊」ってわけでもないのですが・・・。
 前の晩つまり木曜日、国会前でデモが終了するときに、SEALDsが「今日のところは電車のある時間で早く終了しましょう。明日は朝八時に集まりましょう」と言っていた。
 さすがに朝八時に行くつもりは無かったにせよ、学生のみなさんが頑張っているのに、僕なんか、こんな時間まで寝ていて、ちょっと罪悪感です。

 ところで、SEALDsが木曜の夜を早めに切り上げたのには、もちろん経緯がありました。
 さらにひとつ前の晩(つまり水曜日の夜)が、ヤマ場だったからです。

 雨だったにもかかわらず、戦争法案に対する抗議行動は夜遅くまで続き、電車がなくなって、老いも若きも国会前で、雨のなか朝までコールということになりました。
 あの日は、みんなの団結力はすごいものがありました。風邪ひいた人も少なくないのでは? いくらなんでもちょっと無理があったかも・・・。
 とにかく、あの晩はすごかった。(僕は、車で来ていたので朝3時半くらいに帰ったんですけど。)冷たい雨がつづき、余計にアツくなるものがありました。

 水曜日は、たったの一日であまりにたくさんのことが起った長い一日でした。
 午前中は地方公聴会があって新横浜で座り込み行動(僕は行っていないけど)、そして午後から参議院特別委員会の質疑開始をめぐって揉み合いがあった日。
 結局、夜中2時くらいまでかかって、翌日に持ち越しが決まりました。

 その水曜日の晩、とても印象的だったことがあります。
 それは、深夜2時くらい、あの国会前の小さなステージの前にひろげられた、おにぎりやパンでした。
 SEALDsの学生さん達が、交代で食料品を買い出しに行ったり、温かい飲み物を用意して頑張っているようでした。
 動き回っていた彼らの姿を、傍らから、僕は惜しみない賞賛と憧憬をもって眺めました。「ああ、オレにもこんな時代があったなあ・・・」なんて、マジに胸がアツくなりました。
 僕の場合のそれは、単なる学園祭やバンド活動だったわけですが、彼らの場合は「安保闘争」なわけです。僕の場合はとくに世間様のお役には立てなかったけど、彼らの場合は大勢の人をまきこんで、いま日本が本当に変わろうとしていると思います。
 疑いなく、これは「60年安保闘争」や「70年安保闘争」の現代版です。誰かの表現によれば「バリケードのなかの青春」などという言葉で記憶されたりしたものの現代版・・・。
 しとしと降る雨のなかで、そんな光景を僕は目にしたのでした。

 いや、そんな〈感傷的〉なことを言っている場合じゃ無いことは重々承知しています。それどころか、僕は、今まさに、そのことについて書こうとしています。


 話をもとに戻します。とにかく、水曜の夜が「オールナイト」になってしまったので、木曜は早めに終わって金曜日に備えたわけです。与党は金曜日に採決をしてくるということでしたので、さらに長い一日になると分かっていたわけです。

 木曜の晩、国会前から自分の仕事場に戻ったのが深夜1時ごろ。そこから朝まで、いろいろ雑務を片付けながら、考えていました。

 明日はいよいよ決戦の日やなあ・・・。この数ヶ月のあいだ、いろいろあった。そしてこの最後の一週間は、毎日、国会前に行ってもうた。やっぱり、本当にこの<戦争法案>は参議院も可決されてしまうんやろうか? 総がかり行動は「絶対に阻止する!」と言っていた。SEALDsは「本当に止める」って言っていた。でも、ほんまに、やっぱり止められへんというのが現実なんやろうか・・・?

 〈言葉〉や〈目標〉や〈夢〉というのは、やっぱり<現実>と乖離していて、もしかして、もうすぐ、あの怪物、〈挫折〉という名前のアイツがやってくるんだろうか? 金曜日の深夜に、たくさんの人達のところへ。
 「60年安保」で大挙して闘った末に、多くの人達が体験したと伝え聞くアレ。「70年安保」のあとには、約10年間の暗黒の時代を生んでしまったアレ。一体そのアレってどんなものなんだろう?

 今晩と明日、僕一人に何かできることは、もう何も残されていないんだろうか?  まもなく、その決戦の金曜の朝が明ける。4時ごろ考えた。
 (とにかく、僕にできそうなことは、国会前でスピーチできる著名な音楽家を探すことくらいだ。)

 そして、「誰かいませんか?」とフェイスブックに書き込む。日本がひっくり返るくらいの有名人が出て来てくれたらいいんだがなあ・・・そんな大袈裟なことを考えました。  朝6時ごろ 帰宅・就寝。

 金曜日、午後1時すこし前  事務所につきました。仕事に手を付けるも、やっぱり国会の攻防のことが気になって、あまり仕事は捗りません。国会前では午後1時から「総がかり行動」の集会のはず。国会では安倍総理問責決議案が提出されました。
 SEALDs・奥田氏がツイッターで「著名人出て来てほしい」という旨の書き込み。そうだよな、いま求められているのはそれだよな、と勇気をもらう。

 午後2時ごろ  個別には書きませんが、僕の思いつくかぎり「有名な人」や「有名な人につながってる人」にメールや電話。
 「今日、国会前に行って短いスピーチをしませんか?」
 久しぶりの人や、全然知らない人にも勇気をだしてメールしてみたり。重要性を理解してくれた友人・知人も手伝ってくれました。
 ちなみに、ツイッターはいままで頑にやらないと決めていたのですが、必要にかられ、初めて挑戦。新規にアカウントを作成。ヘンな感じです。

 午後8時くらいまで、いろいろやるが、成果なし。こういうのは難しい。丁寧に返事をくださった方、返事なしの方、気のきかない返事をくれた人・・・いろいろでしたが、とにかく結果は出せませんでした。

 この日に限らず、僕がこの三ヶ月間(たったの三ヶ月だが)トライしたのは、これでした。「音楽家に登場してもらう」ということです。沖野修也さんたちと8月12日に渋谷駅前でやった『World Peace Festival』でも、それがテーマでした。
 アーティストは〈出てくること〉が大事・・・。僕はそう考えています。名前のあるアーティストが市民活動に赴くとき、何をスピーチするか、どういう思想を持っているか、はさほど重要ではないと思う。〈そこに出てくること〉が大きな大きな意味をもちうると思います。
 World Peace Festivalについては、8月上旬のたったの一週間でしたが、手分けして、何組ものアーティストに声をかけさせて頂き、たくさんの人が出演してくださった。

 このままだと今日 参議院で可決してしまうという最終的な局面で、誰でもいいから、影響力のあるミュージシャン/アーティストがデモに登場して、それをきっかけとして〈時代の空気〉が変わったら・・・なんて。
 僕個人のエゴとしては、そんな絵を描いており、その目撃者になりたかった。その手伝いをしたかった。誰かに出て来てほしかったのです。
 言葉はほんの一言だけで十分のはずだった。国会前に来るという〈行動〉で、音楽の力を、日本全国いや全世界に見せつけて欲しかった。

 僕が勝手に思い描いていただけの夢物語です。しかし、そんな簡単に大きな山が動くわけはなかった。

 ちなみに、最後の最後に、もっとも勇気ある〈行動〉をとって、影響力を行使したのは、ロックミュージシャンでもJ-Popアーティストでもありませんでした。
 カーディガンをまいた俳優の石田純一さんでした。これには脱帽するほかありませんでした。

 午後9時ごろ  結局のところ今日の5〜6時間は徒労に終わりました。とても残念でしたが、力不足を認めるほかありません。いい勉強になりました。
 事務所を出て国会前に向かう。(つづく)



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