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"YOU HAVEN'T DONE NOTHING" by Stevie Wonder, 1974



デカい話ばかりするんだが
感心する話は聞いたことがない
あれをやるとかこれをやるとか言うばかり
こっちに大いに関係あるはずが
こっちはまったく蚊帳の外で
そっちが勝手に決めてしまう

 「世の中を良くします!」なんていう
 あんたの鼻歌にはもうウンザリしてる
 オレたちの感想を聞きたいなら教えてやるよ・・・
 〈お前、何ひとつ出来てないじゃないか!?〉

みんなから嘲られて気の毒だけど
自分でまいた種だろ
民衆をだまらせようったってムダさ
本当のことを言ってもらおう

 「世の中を変えてみせます!」なんていう
 あんたの鼻歌にはもうウンザリだよ
 オレたちの感想を教えてやろうか?
 〈何ひとつ良くなってねえよ!〉

 ムニャムニャムニャ
 ムニャムニャムニャ

 ムニャムニャムニャ
 ムニャムニャムニャ

 ムニャムニャムニャ
 ムニャムニャムニャ


悪夢のような現実があっても
目を閉じるわけにはいかない
でも ウソをついていたのなら
ヒドいお仕置きが待ってるぜ

 「世の中を変えてみせます!」なんていう
 あんたの鼻歌にはもうウンザリしてる
 オレたちの感想を教えてやろうか?
 〈何ひとつ良くなってねえよ!〉

 (ジャクソン5も一緒に!)
 ムニャムニャムニャ
 ムニャムニャムニャ

 ムニャムニャムニャ
 ムニャムニャムニャ

 ムニャムニャムニャ
 ムニャムニャムニャ



We are amazed but not amused
By all the things you say that you'll do
Though much concerned but not involved
With decisions that are made by you.

But we are sick and tired of hearing your song
Telling how you are gonna change right from wrong
'Cause if you really want to hear our views:
You haven't done nothing!

It's not too cool to be ridiculed
But you brought this upon yourself
The world is tired of pacifiers
We want the truth and nothing else.

And we are sick and tired of hearing your song
Telling how you are gonna change right from wrong
Because if you really want to hear our views
You haven't done nothing!

Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop

We would not care to wake up to the nightmare
That's becoming real life
But when misled who knows
A person's mind can turn as cold as ice.

Why do you keep on making us hear your song
Telling us how you are changing right from wrong
Because if you really want to hear our views
You haven't done nothing!

Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop
Doo doo wop



ついに1969年、〈サー・ジョー・クォーターマン&フリー・ソウル〉を結成したところからお話をします。

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 このバンド名を考案したのは、当時マネージャーの役割を担っていたジョーのお姉さんなのだそうです。ちょうど、ジョーをふくむメンバー全員が、それぞれに所属していた別のバンドから離れて独立してつくったのがこの新しいグループだったので、「フリーソウル」(解放された魂たち)と命名したのでした。こういうのは、ある種の、半分ジョークで半分は大マジメなんだと解釈します。つまり、他人のバンドの構成員だったところから自分のバンドをつくることを、農園から解放される労働者になぞらえているようです。
 〈フリーソウル〉という言葉を選んだことについては、明確に、フリージャズ(スピリチャルジャズ)を意識していたということです。当時に沸き起こっていたファンク&ソウルの大ブームに、スピリチャルジャズや社会派の感覚を加えようとしていたのです。
 結成直後の音源は残されていませんが、コンセプトとしては、時代を反映してファラオズ/アースウィンド&ファイアーのようなものだったのでしょうね。
 (それから、ソウルという言葉からは、同郷・同時期のワシントンD.C.ファンクである「ソウルサーチャーズ」も思い出します。)

 ワシントンDCシーンで人気がでてから、かの「I GOT SO MUCH TROUBLE IN MY MIND」を録音しました。1972年のことです。


 ズシリと重いファンクのリズムに、ホーンが前面にでたサウンド。ジャズとゴスペルのハーモニー。そして、敗戦が色濃くなっていたベトナム戦争や、地元での不景気のこと、ゲットーでの身近な風景を描いて、同時代をギュッと凝縮させたような歌詞が大いにウケました。ビルボードR&Bチャート30位を記録したのです。

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 名曲「I Got So Much Trouble」が録音されたのは、1972年3月のこと。メリーランド州シルバースプリングスにある「トラック・レコーダーズ・スタジオ」だそうです。メンバーは下記のとおり。
Sir Joe Quarterman (vocal & trumpet)
George "Jackie Lee" (guitar)
Chrles Steptoe (drums)
Willie Parker, Jr. (rhythm guitar)
Gregory Hammonds (bass)
Karissa Freeman (keyboard)
Leon Rogers (sax)
Johnny Freeman (trombone)

 そうなんです、サー・ジョー・クオーターマンって、作曲編曲とボーカルはもちろんなんですが、トランペット奏者だったのです。この「I Got So Much Trouble」冒頭の印象的なリフで「プゥア~」と音程をわざと少し下げて吹いているのはサージョーさん本人だったのです。(これがモダンかつブルージーな雰囲気をつくっていて、とても良い。)

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  歌とトランペットの両方を担当していますが、この二つは同時に鳴っています。オーバーダビングですね。時はすでに1972年。マルチトラック・レコーディング(つまりオーバーダビングが可能)が一般的に普及した時期です。(この「So Much Trouble」のようなインディーでもマルチ録音なわけですから。)16トラックのテープレコーダーを使ったのだろうと思います。1970年代の幕開けっていう感じですね。

 これはちょっと重要じゃないかと僕は思います。というのは、よく聴くと、この曲(それから後のアルバムの他の曲すべてそうですが)アレンジがとても良くできているんです。アレンジと各楽器の音量バランスが緻密につくられている。かなりの部分が楽譜におこされたうえで演奏されているような雰囲気です。(60年代のジェイムズブラウンのFunkなどとは正反対の世界ですね。)

 ジョーさんによると、この曲だけを録りおえるのに、なんと丸一日を費やしたそうです。これは当時としては、しかも駆け出しのアーティストとしては異例の長時間レコーディングではないでしょうか。サウンド・曲の設計図が頭のなかで出来上がっていたんでしょうね。コダワリのサウンドです。

 「たんにギグのオファーが来るようにレコーディングをしたんだ。プロモーター(興行主)に我々のサウンドを聴かせたかった」とサージョーさんは語っています。地元ワシントンD.C.や、東海岸・南部のほうへ足をのばすために「名刺がわり」として録音したのでした。まさかこのシングルがヒットするなんて思っていなかったんですね。

 はじめはナイトクラブや地元ラジオ局で人気がでてきて、そのあと全国流通されることによってブレイクし、最終的にはビルボードR&Bチャート30位を記録しました。

 このヒットをうけて、さっそくアルバム制作にとりかかります。(当時は、まずは地元ラジオを中心に一曲のヒットをだしてチャンスをつかみ、レーベルとアルバム契約にこぎつける、というのが成功への道のりだったのです。)

 ここでつくられたアルバムは、本当にすごいと僕は思っています。全曲、むちゃくちゃキャッチーで、それぞれがシングルヒットしてもまったく不思議でない曲ばかり。やっぱり、サージョーさんは、作詞作曲の能力がものすごいんだと思います。
 9曲のうち7曲は地元の「トラックレコーダーズスタジオ」で録音されたとのことですが、2曲はなんとマッスルショールズ録音です。あのFAMEスタジオで録音されたのです。その曲がこちらです。





 「オレを兵士にさせて、この人生を狂わせようとする奴ら。負けてたまるか」と歌う「The Way...」。ベトナム戦争のことですね。それから、「Find Yourself」のほうは、「どんなに困難があっても、自分自身が傷ついても、本当の自分の道をみつけるんだ」と歌います。

 アラバマ州マッスルショールズまで行ったストーリーを直接本人から聞きました。「えっ! アラバマまで行ったんですか?」「そーやで、行ったがな。すごいやろ。これが忘れられへん旅になったんや」
 やっぱり、アメリカ人にとっても凄いことだったのですね。当時、フェイムといえば大人気スタジオだったはず。レーベルの人(GSF)とサージョーさんの二人で行ったそうです。僕は訊きました。
 「そんな予算を、よくレーベルの人が出してくれましたね」
 「そう、僕もビックリしたよ。〈あそこで録音したらイイってみんなが言うから、行ってみよう〉っていわれたんだ」
 飛行機で行ったのかなと思いきや、車で二人で運転していったそうです。13時間くらいですので、ざっくり感覚的には東京から福岡ほどですかね。

 つまり、電話で予約してから、自分で書いた曲の楽譜をもっていくわけです。そうしたら、かのリックホールさんやFAMEギャングさんたちが待ち構えていて、彼らのフレイバーを加えつつ演奏して録音してくれるわけです。それでマルチテープ(当時は16トラックでしょうね)を「ありがとうございましたー」といって持ち帰るんだそうです。
 ですので、この「FIND YOURSELF」と「THE WAY THEY DO MY LIFE」は、リズムトラックがFAME録音で、あとのボーカルとホーンは持ち帰ってワシントンDCで録音したそうです。

 さきほど「忘れられない旅になった」と書きました。サージョーさんがアメリカ深南部まで足を運んだのは初めてだったのです。「深南部(ディープサウス)」というのは、サウスカロライナ州より南のことで、とくに差別の激しい地域として知られています。ミシシッピ州、ルイジアナ州、ジョージア州など、そしてフェイム録音スタジオのあるアラバマ州もここに含まれるのです。
 サージョーさんたちは、スタジオに到着するすこし手前のところで、レストランに入りました。そこで差別の眼差しを感じたのだそうです。そのあと、突然の激しい腹痛にみまわれ、嘔吐すると、驚いたことに緑色のものだったそうです。ジョーさんは、そのレストランで毒を盛られたのだと確信しています。
 特にこの地域は、沼地の、ものすごい田舎ですから、さもありなん、ということなのでしょう。同行していたレーベルの人は白人だったのでしょうね。そういうところにFAMEスタジオがあった。ソウルミュージックとは何かを考えさせられるエピソードです。

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 さて、このアルバムの他の曲も紹介します。
 「So Much Trouble」のアンサーソング(続編ソング)というべき「Trouble With Trouble」です。これも名曲ですね。「学校で勉強しようにも、いい学校が近くには無い、バスに乗ったら、こんどはバス代で父ちゃんが怒りだす。トラブルがトラブルを呼ぶんだ」という歌。


 さて、傑作と評して良いと思うこのアルバムですが、発売元であるGFSレコードが弱小だったこともあり、全国的な話題を呼ぶまでには至りませんでした。
 ジョーさん直筆の、「こういうアートワークにしたい」というスケッチがそのままジャケットになってしまったお話は前回にしました。
 GSFはメジャー流通でしたが、お金をかけてプロモーションする気はなかったようです。しかしジョーさんによると「アルバムは口コミでうまくいくんじゃないかって思ってたんだ。ドンコーネリアス(テレビ番組『ソウルトレイン』の司会者・プロデューサー)にニューヨークのパーティーで会ったとき、《君のアルバムは特別にズバ抜けている。グラミーの可能性だってあると思う》って言ってくれたんだ」。
 かのドンコーネリアスも太鼓判をおしてくれていて、実際に彼の番組で使ってくれたのですが、それ以上のヒットにはつながらなかったわけです。



 サージョーさんほどの作詞作曲センス、それから時代に敏感に反応していたサウンドをもってすれば、もっとヒットを出して、大きなレコード会社と契約することもできたのかもしれません。
 このアルバムのあとも、1976年ごろまで、カッコいいシングルを連発するのです。それを次に見て行きましょう。


(その4へつづく)


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 サー・ジョー・クオーターマンは1944年ワシントンDC生まれです。ワシントンDCは「チョコレートシティ」と呼ばれるくらい黒人の割合が多いところで、黒人文化とくに音楽がさかんな場所です。なんと約50パーセントが黒人といわれています。(ホワイトハウスや連邦議会がある首都で、政治家やロビイストが生息しているところ、というイメージが強いかもしれませんが、どうやらそれは東京でいう永田町や霞ヶ関のような調子で、街の一部分ということなんでしょうか。)

 全米屈指の「黒人大学」であったハワード大学もここにあります。そして、後にチャックブラウンという英雄を生んで、ファンクの別の顔「ゴーゴー」がいまでも受け継がれている街です。


 若きジョーは1950年代のワシントンDCを、教会の合唱団やストリートで過ごしたそうです。子供のころからレイチャールズ、エルビスプレスリー、フランキーライモンなどから影響を受けて歌の才能を伸ばしました。中学生でトランペットを吹き始める前は、少年団でビューグル(軍隊ラッパ)を吹いていたそうです。高校生のとき初めての自身のバンド「The Knights」を組んだそうです。そのバンド名に応じて栄誉称号「サー」(勲爵士)というステージネームを使いだしたそうです。「この名前には深い意味は無いんだ。あの当時は、高貴なステージネームをつけて目立とうとするのが流行ってたのさ。《デューク(公爵)》とか《カウント(伯爵)》とか《ロード(卿)》などね。《サー》を選んだのは、僕の知る限りでは誰もそれを使っていなかったからさ」。

 なるほど、そういえば、古くはデュークエリントンやカウントベイシー、それからアール(伯爵)ハインズとか。B.B.キングなんかもこのジャンルに入るのかな? そういう黒人音楽の伝統があるみたいですね。しかし、それにしては時代が違いすぎるゾ。そういったもののリバイバルってことだろう。とりあえずそう理解しておこう。そういう名前を名乗るのが、ミュージシャンがストリートでキザに振る舞う一つのスタイルだったってことなんだろうナ。


 The Knightsがレコーディングを始めてまもなく、地元レーベルのオーナーであるローランドコヴェイ(ドンコヴェイの兄弟)に、女性ボーカルを加えようと言われたらしく、それが元でこのバンドは解散してしまいました。

 次に「サージョー&メイデンズ」というグループを結成。「Pen Pal」というローカルヒットをだしました。ジェリーバトラー、メイジャーランス、インプレッションズといった、ワシントンDCにやってくるソウル界のスターの前座で演奏したそうです。

 くわえて地元では人気のあった「The El Corols Band」にトランペットと歌担当で加入します。スティーヴィーワンダー、レイチャールズ、ナットキングコール、ディオンヌワーウィック、テンプテーションズ、スモーキーロビンソン、グラディスナイト&ピップス、オーティスレディングなどのスターのバックバンドを務めたそうです。このバンドは「The Magnificent Seven(荒野の七人)」というグループになり、ツアーで全国を廻っていました。リトルリチャードやソロモンバークのバックを務めたことがあるそうです。

 しかしバックのバンドメンバーに徹することに疲れたサージョーはヴァージニア州ピーターズバーグに移住します。そこでヴァージニア州立大学へ入学して、トロージャン・エクスプロージョン・マーチングバンドと学内の交響楽団に入りました。「僕の音楽教育のほとんどはピーターズバーグで得たものだよ」とジョーさん。日銭を稼ぐために、バージニアの州都リッチモンドでのたくさんの地元バンドで演奏し、週末にはチトリンサーキット(アメリカ南部の黒人ナイトクラブやライブハウスを巡業すること)をまわったそうです。

 1966年に、ジョーはワシントンDCに戻ります。The Uniquesの音楽監督の仕事の話があったり、地元のジャズグループ「Orlando Smithクインテット」に参加しました。ジャズの技術を身につけて自信がついたことにより、ついに自身の新しいグループの結成を決意します。「その頃ジェイムズブラウンは本当に大きな存在で、みんなファンクに夢中になり始めていたんだ。僕もやってみたかったんだが、ただのコピーはやりたくなかった。自分らしさを表現したかったんだ」。

 「ファンクをやる」という明確なコンセプトで1969年に結成されたその新しいバンドこそ、「サー・ジョー・クオーターマン&フリーソウル」でした。(つづく)


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 来週12月19日開催、オーサカ=モノレール主催イベントのメインアクトは、なんと、あのFUNKレジェンド、サー・ジョー・クォーターマン再来日です!

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 それでは、せっかくなので、ここでサー・ジョー・クオーターマンのことを色々と紹介してみたいと思います。
 ジョーさんと言えば、もちろんこの曲です。

"(I Got) So Much Trouble In My Mind" Sir Joe Quarterman & Free Soul


 初めて聴いたときの衝撃は忘れられません。レアグルーヴ・クラシックとして、Bobby Byrd "I Know You Got Soul" とタメをはるかんじです。1991年くらいだったかレコード屋で初めて聴きました。

 アメリカで小ヒットを果たした1973年から四半世紀も経った1980年代終わりごろ、「レアグルーヴ」として、突然イギリス・ロンドンのクラブシーンやラジオで人気がでて大カムバックを果たしたんですね。(僕はそのころ田んぼだらけの奈良県で高校生やってましたんで、そんな現場は知るはずないですが。)
 ちなみに、サージョーさん本人が、イギリスや日本でのリバイバルがあることを知ったのは1990年代後半になってからだったそうです。

 録音されたのは1972年の暮れのようです。時代は「ファンク(的なもの)」がもはやメインストリームになっていた頃と思います。スティーヴィーワンダーは「Talking Book」。JBは「There It Is」とか「Get On The Good Foot」「Doing It To Death」など。「スーパーフライ」「110番街交差点」。そして大ヒット「裏切り者のテーマ」。

 JBサウンドをひきあいに出すなら、リンコリンズの「Think」あたりの「アレンジがしっかり詰めてある完成度高い〝歌ものファンク〟」っていう雰囲気が共通の時代感を持っているように思いますがどうでしょうか。
 加えて、いわゆる「ニューソウル」的な、ハーモニーがリッチで、歌詞にベトナム戦争のことがでてきたり、というあたりがこの曲の聴きどころでしょうか。
 このポップ感とファンキー感のブレンドが、90年前後の僕たちにド真ん中に響いたんだと思います。

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 忘れがたい、ジャケットのイラストは本人によるもの。「こういうジャケットにして欲しい」とレコード会社にアイデアを伝えるために描いてみせたら、なんとそのまま使われてしまったというエピソードです。
 タイトル曲の歌詞どおりに、サー・ジョーたちの頭の中にいろんな「トラブル」がある、というイラストです。(裏ジャケの写真も「夢見る地元バンド」感があってイイですね〜。)

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 せっかくなんで、この「いろんなトラブルがあって頭がいっぱいだあ」という歌詞を書き出してみました。

  *   *   *

I got so much trouble in my mind
I got so much trouble in my mind
Give me the strength to carry on
Give me the strength to carry on
Cause everything I got is just about gone
I think about it, I think about it, and I got to shout!

トラブルだらけで頭がいっぱいなんだ
トラブルだらけで頭がいっぱいなんだ
もう耐えられない 力をお与えください
もう耐えられない 力をお与えください
すべてがダメになりそう
心配だ 心配だ ああ心配だ 叫びたいよ

I got so much trouble in my mind
I got so much trouble in my mind
I got an eight hour job
I got an eight hour job
Everyday my work gets so hard
I worry about it, I worry about it, and I got to shout!

トラブルだらけで頭がいっぱいなんだ
トラブルだらけで頭がいっぱいなんだ
いまの仕事は一日八時間なんだ
いまの仕事は一日八時間なんだ
それが毎日どんどんキツくなっていく
気が滅入る 気が滅入る ああ気が滅入る 叫びたいよ

Look here, there is:
Air pollution, much confusion, drug addiction, no convictions,
vietnam war, junkies at your door

聞いてくれよ 問題だらけさ
大気汚染 社会混乱 麻薬中毒 社会不安
ベトナム戦争 ジャンキーの強盗

I got so much trouble in my mind
I got so much trouble in my mind
Marriage I thought I never bother
Marriage I thought I never bother
Now my girl tells me I am a father
I dream about it, I dream about it, and I got to shout!

トラブルだらけで頭がいっぱいなんだ
トラブルだらけで頭がいっぱいなんだ
結婚なんて一生ないと思ってた
結婚なんて一生ないと思ってた
なのにガールフレンドが「あなたの子供がお腹に」だって
楽しみだ 楽しみだ ああ本当に楽しみだ 叫びたいよ

  *   *   *

 なんだか、説得力のある不思議な歌です。
 最後に、この曲は当時ヒットだったのか、そうでないのか?

 後述しますけれど、シングルとしてはビルボードR&Bチャート30位を記録しています。 「スーパーヒット」とはいいがたいですが、FUNKの聖地の一つであるワシントンD.C.で、地元の人気バンドがここまで駆け上ったということで相当盛り上がっていたのでしょうね。そのヒットを受けてアルバムがつくられたんですね。
 しかしアルバムのほうは(内容は傑作といえるものですが)セールスは芳しくなかったのです。

 レコード会社であるGSFも宣伝費をかけてプロモーションする気はなかったのです。なにせジャケットデザインを、本人の落書きで済ましてしまう(本人の承諾もなく)くらいですからねえ。

 そんなわけで、来週12/19のサー・ジョー・クオーターマン初来日をお楽しみに!
 これから、合計4回ほど(?)にわたり、サー・ジョーのお話をしていきたいと思います。

(↓もしかして世界初公開かも、、、? これが、Sir Joe Quarterman & Free Soulのライブ写真だ! おーッ!)

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 今回は、皆さんご存知の基本情報でした。
 次回からは、もうすこし突っ込んだストーリーを探ってみたいと思います。
 サー・ジョーの地元であるワシントンD.C.のことや、アルバム全体のこと、サー・ジョーさんの物語(60年代、70年代後半や80年代)、などなど、盛りだくさんで「予習」をしてまいりたいと思います。

 よろしくおねがいします。

(その2につづく)

"PEOPLE GET READY" by The Impressions, 1965



みなさまご準備ください
列車がまいります
荷物は要りませんので
ご乗車ください

信仰をお持ちの方だけに
ディーゼルエンジンの音がきこえます
切符も必要ありません
神に感謝するだけで良いのです

みなさまご準備ください
終着駅はヨルダンでございます
大陸を横断して
停車駅でみなさまを拾って参ります

信仰がカギとなっております
ゲートを開けてご乗車ください
神から愛されている人すべてに
希望をご用意してございます

のぞみがない罪人には
座席はございません
例えば自分のためならば
人を傷つけるような方

席が見つけられない方は
誠にお気の毒でございます
かの王国に到着しましても
隠れ場所はございません

みなさまご準備ください
列車がまいります
荷物は要りませんから
ご乗車ください

信仰をお持ちの方だけに
ディーゼルエンジンの音がきこえます
切符も必要ありません
神に感謝するだけで良いのです



People get ready
There's a train a-coming
You don't need no baggage
You just get on board.
All you need is faith
To hear the diesels humming
Don't need no ticket
You just thank the Lord.

People, get ready
For the train to Jordan
Picking up passengers
Coast to coast.
Faith is the key
Open the doors and board them
There's hope for all
Amongst the loved the most.

There ain't no room
For the hopeless sinner
Who would hurt all mankind
Just to save his own.
Have pity on those
Whose chances grow thinner
'Cause there's no hiding place
Against the kingdom's throne.

So people get ready
For the train a-comin'
You don't need no baggage
You just get on board.
All you need is faith
To hear the diesels humming
Don't need no ticket
You just thank the Lord.




インプレッションズの初来日(そして最後の来日)を記念して、
公民権運動讃歌である1967年のこの名曲を紹介します。

"WE'RE A WINNER" by The Impressions, 1967




私たちは勝者の民。
"黒ん坊、お前には無理だ" なんて
絶対に誰にも言わせてはいけない
そんな言葉が
私たちの能力を紡いできた

もう泣くことはない
溜めこんでいた涙はついに拭き取られた

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

ここに居るのは目覚めし者
あの黒い土から学んできた

私たちは勝者の民。
誰しも知っている
そしてこれからも闘いつづけるのです
指導者たちもそう説いている

ついに祝福の日は来た
ここに居る者全員でよろこびましょう

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

 [間奏]

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

何事も恐れないと示すためなら
この世の命など惜しくはない

私たちは勝者の民。
誰しも知っている
そしてこれからも闘いつづけるのです
指導者たちもそう説いている

ついに祝福の日は来た
ここに居る者全員でよろこびましょう

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

 これからも闘いつづけるのです
 私たちは勝者の民
 さあみんな
 上へ進んでいきましょう



We're a winner.
And never let anybody say,
"Boy, you can't make it."
Because a feeble mind is in your way.
No more tears do we cry
And we have finally dried our eyes.

 We're moving on up
(We're moving on up)
 Lord have mercy
 We're moving on up
(We're moving on up)

We're living proof in alls alert
That we're true from the good black dirt.
And we're a winner.
And everybody knows it too
We'll just keep on pushin'
Like your leaders tell you to.

At last that blessed day has come
I don't care where you come from.

 We're moving on up
(We're moving on up)
 Lord have mercy
 We're moving on up
(We're moving on up)

I don't mind leaving here
To show the world we have no fear
Because we're a winner.
And everybody knows it too
We'll just keep on pushin'
Like your leaders tell you to.

At last that blessed day has come
I don't care where you come from.

 We're moving on up
(We're moving on up)
 Lord have mercy
 We're moving on up
(We're moving on up)

We'll just keep on pushin'
We're a winner.



 ギルスコットヘロンの論じている革命は「黒人革命」(すくなくとも狭い意味では)でしょう。ときは、1970年。歴史的には、進歩的であった「公民権運運動」が勢いを落としてしまい、そのあと1960年代後半の急進的な「ブラックパワー運動」が手詰まりとなった直後です。こういった運動の全体が、見直しを迫られていた時期といっていいでしょう。その文脈としては、武装闘争、つまり警察や軍隊を相手にドンパチするようなものではないということです。
 ここでは、「武器をとれ」とか「組織をつくれ」とか、そういったことは一切いっていません。「ブラックパンサーを支持しろ」とか「ストークリーカーマイケルを応援しろ」も言っていません。「キューバ革命を見習え」とか「フランス革命を見習え」というような、革命の最終的な段階のことは言っていません。

 ギルが伝えていることは、〈革命というのは段階的なものである〉ということなのです。彼はその最初の段階だけを描いています。明確に理解されているのが最初の段階だけだからです。最初の段階とは、一人ひとりが目を覚ますことです。目を覚ました者は、テレビのスイッチを消す。テレビのブラウン管(いまならば液晶画面だけれども)の向こうにあるものは、企業や政府などのアンチ革命的な者たちがつくりあげるイメージの世界だから。そのイメージによる束縛から自由になり、現実の自分、現実の社会に目をむけるということ。広告の魔の手から逃れて本当の自分と向き合うということ。それをしなければ、自分より強くて大きいものである企業や政府に簡単に釣り出されてしまい、自分たち(自分や仲間)の暮らしを良くすることはできない。人間ひとりひとりの尊厳は、いつまでたっても勝ち取ることができない。

 革命の次の段階は何でしょう。テレビを消したあとは、どうするのでしょうか。それは第六段落とつぎの最終段落で語られています。僕たちは、テレビを消したあと、外にでなければいけないのです。何のために? 仲間に「みんな、テレビのスイッチを消すんだ! そして外に出よう!」と伝えるために。本当に大切なことを仲間と共有するために。目のまえでなければ、本当に大切なことは共有できないのです(第二段落)。

 革命とは、劇的な武装闘争である必要はまったくありません。かならずしも、即座に憲法や国家体制が一変するようなものである必要もないのです。なぜなら、革命は段階的なものだからです。言うまでもなく、革命のもっとも身近な成功例は、公民権運動(およそ1955-1965)であったでしょう。それは、バスのボイコット、ワシントン大行進、セルマ行進などの、非暴力主義を掲げた行進・ボイコット・座り込みなどでした。
 チリのアジェンデ社会主義政権の誕生は1970年の暮れですから、この歌と直接的なつながりは薄いのかもしれません。けれども、むしろ「同時性」のことは考える必要があると思われます。また、いわゆる「アメリカ性革命」(女性解放運動、性表現の自由化、LGBTの権利運動)も、革命の一端というでしょう。
 近年はどうでしょうか。エジプトのムバラク大統領政権を崩壊させた革命(2011年)は、残念ながらそのあと軍事政権になっているようですが、2017年におとなりの韓国でおきた朴槿恵大統領にたいする大規模な弾劾要求デモは記憶にあたらしいところです。
 これらの革命はすべて、デモ・集会をひらくこと、によっておこっているのです。それ以外に方法論は無いのです。だから、ギルは必然的に外に出なければならないと言っているのです。

 ギルは革命の初期のプロセスのみを描いています。目覚めて外へ出ることです。そのあとどうなるのでしょうか。この詩では、「目が覚めれば、広告や麻薬や酒などが自分の敵であるとはっきり認識できる。そして目覚めを共有するために家の外へ出る。そこまでは分かる。それ以上のところはまだ分からない」と言っているように僕には思えます。
 そうです、そんなことは分からなくたって、よいのです。ギルも私たちは、運動家でも政治家でもないし、ましてや占い師ではないのです。とにかく半世紀前のギルは僕たちに警告を発してくれています。「分かるところまで」を僕たちに教えてくれています。僕たちは「分かるところまで」の知識を共有していかなくてはいけないのでしょう。
 僕も、そのつづきはハッキリとは分かりません。ただ、きっと、目覚めて外に出たあとは、そこに居合わせる人たちが連鎖反応的に目覚めを加速させるのではないでしょうか。だから、そんなかんじの集会をひらくのが良いと思うのです。
 いずれにせよ、革命とは外に出ることなのです。


(最終段落)
The revolution will not be televised, will not be televised, will not be televised, will not be televised. The revolution will be no re-run, brothers. The revolution will be live.

革命はテレビ中継されない。革命はテレビ放送されない。もちろん再放送もできない。なあ兄弟よ、革命が起きるときはーーー目の前で起きるのだ。

 革命が起きるとき、それはライヴ(目の前)で起こる。ブラウン管やスマホによって目覚めが訪れるのではないのです。テレビ放送局やインターネット企業はすべて広告に乗っ取られているからです。
 目覚めとは、「本当に有るものを見られるようになる。」ということです。寝ぼけている者は、無いものを見ています。本当に存在しているものだけを見れば、自分は誰か、自分の仲間が誰か、がわかります。その暮らしを本当に良くするために何が必要か、おのずから答えがでてきます。それが革命です。
 目覚めのあと、僕たちは何人かで(または何万人かで)道のうえにいるのです。
 革命は、段階的なものです。目覚めも、集会も、運動も、それぞれに段階的なものだと思われます。先に述べたようなことで、どのレベルでも発生するし、それを革命と呼ぶと僕は思います。


(おわり)


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2019年4月

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