2023年3月アーカイブ

「ソサイエティ」

 

ご存知のように、もう三年になるでしょうか、ここ日本にも新型コロナというものががやってきて、「ソーシャル・ディスタンスをとりましょう」という話になりました。
その新語に、なんだか違和感をおぼえたのは僕だけでなかったと思う。 とっさに僕はこう思った。
「ソーシャルなディスタンスをとったらアカンやん、フィジカルなディスタンスをとるのは必要なんだろうけど」
ただでさえ人と人のあいだが遠くなっている世の中で、「もっと遠くしましょう」なんて、いくら感染症のことだから別の話だと理解していても、言葉が悲しい。

ところが、日本にかぎったことではなく、英語をつかう国々はもちろんのこと、世界中のひとが「ソーシャル・ディスタンス」と言っている。
つまり、僕の憶えた違和感はまちがいであった。
僕の英語のセンスが悪かった、という話。
何のことはない、「ソーシャル」というのはただ単に「人間の」という意味であって、この場合は人間という物体どうしのあいだに距離を置きましょうという意味にしかならない。

それで僕は膝を打った。
「ソーシャル」って「人間の」という意味だった・・・知らなかった。びっくり。
もしやと思って、「ソサイエティ」という言葉を辞書でひいてみる。そうしたらこう書いてある。

society
noun
UK /səˈsaɪ.ə.ti/ US /səˈsaɪ.ə.t̬i/
(People) A large group of people who live together in an organized way, making decisions about how to do things and sharing the work that needs to be done. All the people in a country, or in several similar countries, can be referred to as a society.

ソサイエティ
(名詞)
(人びと)①なんらかの秩序を保ち、運営方法を決定したり、やらねばならない任務を共同でおこないながら、大勢であつまって暮らしている人間の集団。②ある一つの国(または似通った国が複数の場合もある)に住むすべての人びと。

ようするに「ソサイエティ」って「大勢の人間」という、ただそれだけの意味の言葉である。
それを明治以来のことだろうけど、日本語では「社会」と翻訳している。 社会なんていう漢字二字の熟語に入れ替わったとたんに意味がわからなくなる。
地域に建ち並ぶ、区役所や郵便局、駅や鉄道、商店街や銀行のことが頭にうかぶ。
もしくは地理。なんとか山脈とか、なんとか性気候とか。
もしくは歴史。源頼朝とか徳川家康とか。または明治維新とか日清戦争とか。

「社会」で画像検索してみると、高層ビルや東京タワーのみえる東京の空撮写真ばかりがでてくる。
「Society」で画像検索してみると、人間があつまっているイラストばかりがでてくる。
本来「ソサイエティ」というのは大勢の人間(が共生している)という意味だったものが、日本語で「社会」という訳語となり、それの意味するところは、よーするに高層ビルのことである。
こんなアホな話があるか。

これが日本における、カギカッコ付き「社会」の実態であり、社会が無いからそうなのか、言葉が無いからそうなのか、もしくは言葉(概念)がないだけで実は「社会」に相当するものはどこかに存在しているのか。もしくは、そもそも人間(個人の集合)という概念が無いからこそ、そうなってしまうのか。

なにぶん言葉の話であるゆえ、どこに元凶をもとめるか、頭のこんがらがることではあるけれど、僕の考えとしては、「わたしたちの社会」なんていう言葉を使っても解決が遠のくばかりだから、「世の中」とか「人びと」とか「地域のみなさん」とか「国民」あるいは「人民」などを使うほうが、まだ人の住む世をあらわすような気がしている。
ただ、その逆の立場で「社会という言葉をもっともっと浸透させ、その意味をつくり直してゆくべき」という立場も、当然ありうると思う。どちらでもよい。
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