音楽の空想

 ジェイムズブラウンの音楽というものを、まだ聴いたことがなかった高校生のころ、「〈ジェイムズブラウン〉っていう人の音楽って、こういう感じかな?」と妄想していた、そういうみじかい時期がある。(いまでも、その妄想はつづいているのだけれど。)
 音楽を聴いたこともないのに、なぜ妄想が始まったかというと、それは、名前だけを先に知ったからだ。奈良の学園前というところで母親の歯医者を待っているあいだ(それは重要ではないけれど)、歯医者のとなりにあった図書館に入り、そこで、音楽の本がならぶところで、マイルスデイヴィスに取材した本を手にとった。
 「オレはジェイムズブラウンのような音楽をやるんだ」とマイルスが記者に答えていた。それ誰だろう、となった。ひきつづいて、坂本龍一の対談集だったか何だったかを読んだ。そうすると、「世の中には、ボクのやるような音楽と対極に位置する音楽も存在しているわけですよね。たとえば、ジェイムズブラウンっていう人は、自分のコンサートで毎ステージ、あまりの自己陶酔で、さいごに卒倒してしまうらしい」とかなんとか、言うているのを読んだ。(うろ覚えです。)
 そういうわけで、へえ、そりゃあ凄そうだな、どんな音楽なのだろう、と思った。僕のなかで、まだ聴いたことのない〈ジェイムズブラウン〉という音楽への妄想はふくらんでいった。そして、その妄想はいまでも、ある。聴こえる。それがどんな聴き心地の音楽なのか、言葉で説明できたらいいけれども、簡単には説明できない。ただ、無理を押して書くなら、「ジェイムズブラウンという名前の、ものすごいエネルギッシュなおじさんが居て、そこらじゅうを飛び跳ねているような感じ」ということである。まあ、何も言っていないに等しいけれども。
 そこから三十年以上が経ったのだけれど、その妄想音楽とぴったり同じものは、いまだに耳にしたことがない。しかし、それに一番ちかいと云える曲が、たった一曲だけ、いちおう存在している。それはジェイムズブラウンの「It's Your Money$」という、よっぽどのファン以外は誰も気に留めていない曲なんである。
 だから、ジェイムズブラウンの録音物は星の数ほどあるにせよ、そのなかでも、その曲が僕の考える理想の音楽である。いや、それは言い過ぎ。「僕が勝手に妄想していた音楽に似ている」。いや、それだと話がちいさくなっちゃう。その妄想はまだ終わっていないから、「僕がいまだに妄想している音楽にかぎりなく近い」ということです。
 ところで、その曲のプロデューサーは誰なのかとか、参加ミュージシャンは誰なのかとか、録音された年はいつか、お芋を掘るときのつるみたいにたぐってゆけば、似たような曲がみつかるのではないかと、ふつうは考える。ところが、なんとこれが、一体だれがプロデューサで誰が演奏しているのか、いつ録音されたのか、歌詞を書いたのは誰か作曲したのは誰か、いまだに、まったくナゾの曲なのである。
 歌っているのはジェイムズブラウンなのだけれども、そして、この音楽は、明らかに、前からみても斜めからみても、「こりゃあジェイムズブラウンの音楽」「こりゃあジェイムズブラウンが率いているバンドの演奏」とわかるものだ。そういうファンクだ。ただし、「こんな曲は、ジェイムズブラウンの他のレコードをいくら探しても、ほかには無い」というものなのである。すくなくとも、僕の耳にはそう聴こえる。
 いちおう言うておくと、誰が聴いてもカッコいい曲かどうかは、わからない。僕の知る限り、世の話題になったことが一度もないという埋もれた曲であるので、これを読んでくださった人が聴いたところで、イイと思うかどうかは確信がない。でも、繰り返しになるけれども、とにかく僕が三十年以上妄想している雰囲気に限りなく近い曲は、これ一曲しかない。

 そんなことなのであるが、ここから衝撃の展開がある。もちろん、僕にとって衝撃なだけで、他の人にはつまらないことかもしれない。
 つい半年くらい前だったか、ものすごいジェイムズブラウンのマニアが居て・・・ってそりゃあまあ、世界中にいろんな人がいる。ジェイムズブラウンのファンと一口に言っても、ライブが好きな人、レコードが好きな人、写真が好きな人、リズム&ブルーズが好きな人やジャズが好きな人、歌が好きな人やダンスが好きな人、男の人や女の人、おじさんおばさん、おじいさんおばあさん、アメリカ人やヨーロッパの人や日本の人、オバマが好きな人やトランプ支持の人、60年代からライブに通っていた人、70年代や80年代からライブを観ている人、ヒップホップから来た人やらリズム&ブルーズが好きな人、もう、本当にいろんな人がいる。それぞれの切り口で、ジェイムズブラウンというものを愛して、楽しんでいる。  そういうファンの一人。僕がとてもシンパシーを感じているヤツがいるのだが、彼が、その曲「It's Your Money$」は、1980年のアルバム「Soul Syndrome」のアウトテイクだと思う、とぽつりと言った。たぶんそうじゃないかな、と言った。そいつもこの曲のことが好きだったのだ。
 僕は仰天した。
 ああ、なんでこんなことに気づかなかったんだろう! その通りだ。演奏をしっかり聴けばわかる。僕は、自分の思い込みと、よくわからないSEにまどわされて、ちゃんと自分の耳で演奏を聴いていなかったのだ。それとその「妄想」と。
(書くのがずいぶん遅れたけれども、その曲は、1989年の異色ヒップホップアルバム『I'm Real』におさめられていて、一番最後のほうに、ひっそりと収録されている。曲はいやらしいほどに派手な曲なんだが、それがゆえに居場所がなく、人が気づかないようなところにあるのだ。)
 僕はてっきり、打ち込みビートでアルバムをつくる際に、ジェイムズブラウンが、一曲だけオレのバンドの曲を入れろ、ってワガママを言ったのかな、と想像していた。だから、これは80年代後半のメイシオとスウィートチャールズが率いる「Soul G's」の演奏かなと思っていた。まったく違う。いわゆる「編集室の床におちていたテープ」ってやつだ。10年ちかく前の録音を、どこからともなく引っ張り出して、新たにボーカルとSEをオーバーダビングを施した曲だったのだ。だからこれは「ザ・JBズ・インターナショナル」の演奏だ。
 どこにも証拠はないけど、いちおう僕だって長年のJBファンだ。言われさえすれば、この仮説は正しいとすぐに分かる。それって、世界じゅうのJBファンは、みんな分かっていたことなのか? 彼は、「たぶんそうだろうなー」ってずっと考えてたらしい。早く言ってくれよ!
 そんなわけで結論が三つ。一つは、1980〜1981年あたり、冬の時代といわれている頃のジェイムズブラウンサウンドは、とっつきにくいかもしれないが、じつは、すごい。二つ目は、僕の妄想音楽は、やっぱり妄想音楽で、あるどこかの歴史の時点には存在しない音楽だったということ。最後に、この妄想は1990年代的な「リサイクル」っぽい発想から来ているということ。
 じゃあ、とりあえず、「妄想音楽のつくりかた」は、もう分かってきたやん。・・・そういうことになるのかもしれない。あくまで妄想。


2021年6月

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