まったく面白くもない話

まったく面白くない話しをするので、とてもヒマな人しか読まないでください。
あれは、たしか、去年のいまごろのことです。
例年のごとく、数週間ほどヨーロッパに遠征にいきました。
そのツアーで、うちのバンドの、誰とは云いませんがTの衣類の用意に注目があつまっていたのです。

ツアーでは連日のように飛行機にのって次の公演地に移動するのですが、そのさい、格安の飛行機会社をつかうことが頻繁です。格安会社は、持ち運ぶことのできる荷物の制限(重さやスーツケースの大きさ)がとても厳しいのです。荷物が多いと超過料金を払わされてしまいますので、それをさけるため、できるだけ衣類を少なめに持っていくようにしなければなりません。
バンドメンバー全員が工夫をして個人の荷物を小さくおさめています。すくない衣類でも寒い日や暑い日に対応できるようにします。
そんな中でもTの用意周到ぶりは抜きん出ていました。

「今日は第一形態です」「今日は第二形態です」と彼は言いました。
どうやら、第五形態くらいまで考えられているようで、暑いところ(たとえばイタリアや南フランス)の軽装から、寒い地域(たとえばイギリスやスウェーデン)の防寒まで、しっかり練られています。
小さなカバンなのでほとんど服を収める余裕が無いだろうに、一体どうやっていくつものパターンを着替えているのか、本当によく考えられています。僕は舌をまいていました。

「今日はどのパターンなん?」と尋ねると、
「あ、今日は、第三形態っスね」といいました。

その「形態」という言葉のチョイスが面白いので、しつこく、今日は第何番の形態なのか、と訊いていたのです。
さて、そこでTくんの話は終わりです。

僕はこの「形態」という言葉は、トランスフォーマー(乗り物がロボットに変態する子供向けアニメ)から採られたのかと思っていましたが、しばらくすると、どうやら『シン・ゴジラ』から採っているのだと気づきました。

公開からすでに三年ちかくも経っていましたが、僕はシン・ゴジラは観たことがなかったのです。
観たことがないのに、なぜ「第〇形態」の元ネタがシン・ゴジラであると気づいたのでしょうか、思い出せません。とにかく、気づいたのです。それで僕は「あっ!」と思いました。
「シン・ゴジラは変態(メタモルフォーゼ)するのか!」
映画は観ていませんでしたが、シン・ゴジラは原発事故を描いているのだと、皆が口を揃えて言っていたので、それだけは了解していました。
そのシン・ゴジラに、「第一形態」や「第二形態」があるらしい。・・・そ、そ、それでは一体、最終形態は何だというのでしょう?

ご存知のように、世にも恐ろしいあの原発事故は、民主党政権を崩壊させ、安倍自民党政権を復活させました。そこを起点とした日本の凋落ぶりは、ここであらためて説明するまでもないでしょう。
ですから、ゴジラは日本をおそった災いを表現しているのですから、それがメタモルフォーゼするのであれば、それは第一形態は大地震であり、第二形態は大津波であり、第三形態は原発事故による放射能であり、第四形態は安倍政権の復活にちがいありません。シン・ゴジラの「シン」は安倍晋三のことだったのか・・・!
もしかして、第五形態も描かれているのだろうか。第五形態とは一体なんだろう。安保法制か、金融緩和か、働き方改革か、特定秘密保護法か、北方領土の放棄か。いやそれともトランプ政権か。

僕は、この安倍政権という世にもおそろしい物体は、いまだに本当の正体をあらわしていないという気がしています。かつて、戦後ここまで肥大化して暴走した政権はありませんでした。その中心で総理大臣の椅子にすわっているのは、あの、権力欲の無さそうな、父ちゃん坊や然とした、ハリの無い顔つきをした人物というのがあまりにも不気味です。誰が糸を操っているのか? 張り子が倒れたあとは何が登場するのか? こんな背筋の凍ることは無いと僕は思っています。
シン・ゴジラという映画はこの時代の何を捉えているのだろう? やっぱり、シンは「晋」なのか? あるとすれば第五形態はいったい何か?

そういえば、漫画『AKIRA』は、2020年の東京オリンピックを描いていました。
漫画『二〇世紀少年』は大阪万博の再開催や、カルト教団政権のストーリーでした。
シン・ゴジラはいったい何をあらわしているのだろう?

   *   *   *

そんなわけでシン・ゴジラを観たのですが、周知のとおり僕の勝手な妄想は大ハズレで、惨憺たる気持ちになっただけでした。
第一形態は地震、第二形態は津波、第四形態から原発。そこまでで終わりです。
政治家や官僚が日本のために命をかけて大活躍する映画です。(ふつうの国民の目線を意図的に排除している。)原子炉は冷却されて事故は完全に収束します。現実とあまりにもかけはなれた結末で途方にくれるばかりです。
これほどまでにウソをつかれると、「力をあわせれば日本の未来はひらくことができる」というプロパガンダ映画でさえなく、そのまま空虚に響いて、むしろ「どうしたって未来はひらくことができない」と訴えかけている逆プロパガンダ映画にしか思えません。
(大きなデブリが都心に横たわっているという結末は、われわれに問題を提起していますが、エクスキューズかどうかはさておき、「それはイイけど、もっといっぱい描きこむことあっただろー」という感想。)

いまのところ、手がワナワナと震えてきて夜に眠れなくなるほどハラがたつのは、『神様の愛い奴』と『君の名は。』につづいて歴代第三位くらいにランクインです。
でも、もしかしたらもしかして、東宝がラストシーンを差し替えたんじゃないかとか、ゴジラの手のひらを上にむける仕草は、ひょっとしたら安倍晋三なのではないかとか。

以上、旅慣れたミュージシャンの鏡であるトランペット担当の旅準備がスゴいという話題と、まったくスゴくない映画をまちがえて観てしまったという面白くない記事はこれでおわりです。


2019年5月

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