2018年4月アーカイブ

"WHY? (THE KING OF LOVE IS DEAD)" by Nina Simone, 1968



(キング牧師暗殺の三日後におこなわれた追悼コンサートにおける演奏。1968年4月7日。)



 かつて地球というこの星で
 愛と自由を 仲間に説いて
 慎ましく生きた人がいました

 いつか世界じゅうに
 平和がおとずれる その日を夢見て
 国じゅうに言葉を届けました

 頬を打たれればもう一方の頬を差し出し
 汝の隣人を愛せよ を心に刻み
 殴られ罵しられ命を狙われても 怖じけることはなかった

 いつも聖書を傍らに
 逃げも隠れもしなかった
 偉大なあの人がもうこの世に居ないなんて

 人殺したちはいつまでのさばるのか
 人間だろうか けだものだろうか
 このような所業がいったい何を生むというのか? 

 この国は持ちこたえられるか 崩壊してしまうのか
 もはや手遅れだというならば
 マーチンルーサーキングの死は無意味だったのか?

 あの人は 山の頂きで約束の地を見た
 殺されることを悟り
 もはや休むことなど出来なかった

 さあみなさん、立ち止まってよく考えましょう
 わたしたちは瀬戸際に立たされている
 一体どうなってしまうのでしょう?
 あの人が逝ってしまった今・・・


 平等を訴えたあの人は
 わたしたち全員に教えてくれた
 愛と良心にあふれ 憎しみを煽ることは決して無かった

 非暴力を唱えたあの人が
 一体なぜ つい数日前
 撃ち殺されなければならなかったのか

 あの人は 山の頂きで約束の地を見た
 殺されることを悟り
 もはや休むことなど出来なかった

 さあみなさん、立ち止まってよく考えましょう
 わたしたちは瀬戸際に立たされている
 一体どうなってしまうのでしょう?
 愛のキングが逝ってしまった今・・・



Once upon this planet earth
Lived a man of humble birth
Preaching love and freedom for his fellow man.

He was dreaming of a day
Peace would come to earth to stay
And he spread this message all across the land.

Turn the other cheek he'd plead
Love thy neighbor was his creed
Pain humiliation death, he did not dread.

With his Bible at his side
From his foes he did not hide
It's hard to think that this great man is dead.

Will the murders never cease?
Are thy men or are they beasts?
What do they ever hope, ever hope to gain?

Will my country fall, stand or fall?
Is it too late for us all?
And did Martin Luther King just die in vain?

Because he'd seen the mountain top
And he knew he could not stop
Always living with the threat of death ahead.

Folks you'd better stop and think
Because we're heading for the brink
What will happen now that he is dead?

He was for equality
For all people you and me
Full of love and good will, hate was not his way.

He was not a violent man
Tell me folks if you can
Just why, why was he shot down the other day?

He'd seen, the mountain top
And he knew he could not stop
Always living with the threat of death ahead.

Folks you'd better stop and think (and feel again)
For we're heading for the brink
What's gonna happen now that the king of love is dead?

父が遺したメモから。

 
 僕の父が、今年一月に亡くなりました。約二年間のガンとの闘病のすえ、あと一ヶ月すれば七十二歳の誕生日というところでした。
 とくに病気が発見されてから、昔の思い出のようなものをメモに書くようにお願いをしていました。生来、何かを書き記したり、記録・保管したりすることは好きなほうでしたので、それほどの分量ではありませんが、いくつか、書いてくれました。
 そのうちの一つを紹介します。この一編だけは個人的な内容ではなく、とても一般的な内容です。ここに掲載することも意味があるかもしれません。とくに一番最後の段落は、これからの日本を生きる人達へのメッセージとなっています。

*     *     *

 私の生まれたのは昭和21年2月。終戦から約半年のち。
 終戦後は人々の緊張も解けた一方、社会は混乱・混沌とした最悪の状況だった時代。それからの戦後の日本の歩みを生きてきたことになる。
 昭和25年、朝鮮戦争が勃発し、日本は特需景気でよみがえったといわれる。
 昭和34年、皇太子(現天皇)の御成婚(結婚式)で、白黒テレビが急速に各家庭に普及した。我が家も同様。
 昭和36年(高校入学の年)、池田勇人内閣が所得倍増計画を発表。
 昭和39年(大学入学の年)、東京オリンピック開催(10月10日)、新幹線開通(10月1日)、名神高速道路開通で世界にも戦後復興を宣言した。
 昭和43年(大学卒業の頃)に不景気(景気減退)にみまわれ、昭和45年(大学院終了の年)、大阪万博(日本万国博)がひらかれて「進歩と調和」がテーマとされた。背景には急速な経済発展による公害などの社会問題(国際的にはベトナム戦争、東西対立等)が無視できなくなってきたことがある。
 その後オイルショック、第二次オイルショックを経験し、低成長(安定成長)時代が続いている。

 当然、我が家の暮らしも大きく変わってしまった。小学校のとき母に言われたのは、
 「我が家は貧乏やから」
 「(ものがほしいと)上をみたらキリがない。我慢しなさい」
だったように思う。
 小学校の給食は脱脂粉乳(だっしふんにゅう:米軍からの援助品)のミルクだったが、こどもの栄養問題から我が家でも牛乳をとることになった。毎日一本届けてもらい、こども三人で三分の一ずつ分けて飲んだ。当時は卵も貴重品で、卵焼きはごちそうだった。ご飯は麦飯で(割合は不明)、中学に入って給食がなくなり弁当をもっていくようになった時も麦飯だった。これが恥ずかしかった。ということは、他の人は麦飯でない人が多かったのだろう。麦飯は栄養を考えてのことではなく、やはり「節約」という母の強い考えだった。ぜいたくは禁物だ。
 小学校の社会科で教えられた重要なことでいつまでも心に残っているのは、《日本は資源のない国。だから原材料を輸入し加工して(付加価値をつけて)輸出してお金をかせぐという加工貿易の国である》ということ。これは基本的には今も変わっていない。同じことを今は「日本は技術立国」と言い換えている。これは日本の技術が優れていると自慢しているのだと受け取られる風があるが、真の意味は、「(加工の、付加価値をつける)技術がなければ日本は生きていけない」という意味なのだ。ところが、技術は日本人だけにあるものではなく、だれでも修得できる。後進国と言われる国も同じ立場で技術修得に必死になっている。日本は今後はどういう方向で日本の基盤を成り立たせるのか求められている。日本の今の繁栄の根拠が序々に薄れていっているのだ。
(中田智 2016年11月28日記す)
 


米仏英軍がシリアへの空爆を開始

 
シリアへの空爆が開始されたと報じられました。
僕はこのように考えています。

①アサド政権は、自国民に対する恐ろしい虐殺を行っている。
②アメリカ・フランス・イギリスのシリア攻撃は、侵略行為である。
③トランプ大統領の支持率をあげるために空爆している。
④アサド政権が倒れたとしても、イラクのように長期化するのではないか。

いま、上記をふまえて、いち庶民である僕の本分とは何でしょうか?
それは、
 アサドやロシアの恐ろしい虐殺に反対すること。
 米仏英による攻撃にも反対すること。
 日本政府に対しては、両方どちらも支持しないように訴えること。
 もちろん、自衛隊の海外派遣には断固として反対しなくてはならない。

これが、平和を望むいち庶民としての僕の本分であると思う。
「アメリカかロシアか」ではなく、「戦争か平和か」「武力行使か政治的解決か」ということ。
シリアの状況は凄惨を極めると聞きます。
それでもなお、戦闘に賛成してはいけない。

「極悪人のつくる素晴らしい音楽」

 

 高校生のときに読んだ本なのですが、五木寛之の小説で『青年は荒野を目指す』(1967年)というのがありました。
 青年がトランペットを片手に世界中を旅する。さまざまな体験や出会いを経て、ひとりの音楽家、ひとりの人間として成長してゆく物語です。
 この小説のなかで、主人公があるものに出くわして真剣に悩むエピソードがでてきます。それは、《ナチスの将校が描いた、ものすごく美しい絵》というものです。(うろ覚えですので詳細が違っていたらご容赦ください。)
 高校生だった当時から今にいたるまで答えは出ていませんが、僕も、いまだにしょっちゅう考えているのですが。

  極悪人であっても素晴らしい芸術を生むことはできるのか?
  (善人でなければ人を感動させることはできないのか?)
  作品が、それの持つ意味や制作背景やメッセージを超えて、「ただ美しい」ということは可能なのか?

 という問いです。

 僕の知りたいのは、「作者の人がら」「制作された文脈」「作者が意図したメッセージ」などを越えて、芸術表現の価値が存在しうるものなのか、それとも、そういった「意味」そのものが表現と考えるべきなのか。
 自分で書いていてアタマがしっちゃかめっちゃかですが。
 ・・・はっきり言いまして、僕なんかにはよく分かりません。難しいです。まあ、われながら「美」なんて云ってみても胡散臭くて仕方がありません。
 その五木寛之の本、ちかいうちに読み直してみようかなと思っています。

 今日のところは、話が長くなるんで、どうせ文才も時間もないので、スッ飛ばして僕なりの、いまのところの結論だけ書きます。
 僕は次のように考えています。

  ・音楽の能力があれば、人に快感をあたえることは可能。
  その快感と、作品が素晴らしいかどうかは、かならずしも繋がらない。
  ・なにかしら邪悪な意義をもちつつも、音楽の力で人に快感を与えるとは可能。それどころか、とても容易。
  ・もちろん、その場合、作品としては〈素晴らしくない〉ということになる。
  ・また、物理的な快感をまったく感じさせない音楽であっても、素晴らしい意義をもたせることは可能。
  ・その場合は、作品としては、〈素晴らしい作品〉となるだろう。

 しかし、こうなってくると、「じゃあ、音楽(空気の振動を利用した時間の芸術)なんて存在理由ないやん」ということになりかねない。
 しかしそれは、そんなことは無いと僕は思う。
 音楽的に優れていて、かつ素晴らしい意義を持っているものをつくるように努力すれば良いのだろうと思う。
 そうして、最終的なところでは、音楽の力というものと、作品のもつ力というものは結び付くのだろうと予想される。そう、そこにたどり着いたら良いのだ。
 たどり着ける気はしませんが、まあ理屈としてはたぶんそういうことなのでしょう。




国に向けて私たちが言うべきことは一つ。
「自分がつくったルールを守れ!」ということです。
中国やソ連のような一党独裁主義の国であれば、このような違法な裁判所命令も理解できるのかもしれません。
そういった国では自由を保障する憲法が無いのですから、合衆国修正憲法第一条が保障しているような自由が否定されたとしても理解できるかもしれません。
しかし、どこかで、私は読みましたよ、「集会の自由」について。
どこかで、私は読みましたよ、「言論の自由」について。
どこかで、私は読みましたよ、「出版の自由」について。
どこかで、私は読みましたよ、「《権利を請願する
権利》こそ、アメリカ合衆国の偉大さである」と。
警察犬であっても放水であっても私たちの行進を止めることは出来ません。それと同じことです。
いかなる裁判所命令も、私たちの歩みを止めることは出来ないのです!

(中略)

さて、これからどうなるか、分かりません。
困難の日々が待ち受けていることでしょう。
しかし、私に限っていえば、もう動じることもありません。
なぜなら、私は山の頂上に行ってきたのですから。

もう案じることはありません。
私だって長生きしてみたいと思います。皆さんと同じです。
長生きするのも大事だと思います。
しかし、もはやそれも気にする必要がなくなりました。
ただ、神の御心にしたがうまでです。
神は、その山に登ることをお許しになったのです。
そして私は山から見おろしました。
そして見たのです、〈約束の地〉を。

皆さんと一緒に行くことは、もう無理かもしれません。
しかし、今晩みなさん知ってください、人民としての私たちは必ずや〈約束の地〉に辿り着くということを!

ですから、今宵とても幸せを感じています。
私には、もう何も心配することなどありません。
私には、もう誰も恐れる人などいません。
この眼で、主の降臨の栄光を見たのですから!



All we say to America is, "Be true to what you said on paper."
If I lived in China or even Russia, or any totalitarian country, maybe I could understand some of these illegal injunctions. Maybe I could understand the denial of certain basic First Amendment privileges because they hadn't committed themselves to that over there.
But somewhere I read of the freedom of assembly.
Somewhere I read of the freedom of speech.
Somewhere I read of the freedom of press.
Somewhere I read that the greatness of America is the right to protest for right.
And so just as I say, we aren't going to let dogs or water hoses turn us around, we aren't going to let any injunction turn us around!

Well, I don't know what will happen now. We've got some difficult days ahead. But it really doesn't matter with me now because I've been to the mountaintop.
I don't mind.
Like anybody, I would like to live a long life. Longevity has its place.
But I'm not concerned about that now.
I just want to do God's will.
And He's allowed me to go up to the mountain, and I've looked over.
And I've seen the Promised Land.
I may not get there with you, but I want you to know tonight, that we as a people will get to the promised land!

And so I'm happy, tonight.
I'm not worried about anything.
I'm not fearing any man.
My eyes have seen the glory of the coming of the Lord!

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