2018年3月アーカイブ

オトリとしての「憲法改正草案」

 
自民党による「憲法改正草案」というものが2012年に発表されました。
いまから六年前になります。

これを読んだときには、あまりの無茶苦茶ぶりに驚愕したものです。
僕なんかのような、憲法に詳しくない人、法に詳しくない人、誰が読んだって、オカシイことだらけのシロモノでした。

僕たち一人ひとりのことを大事にせず、国全体のことを大事にする。
自由や人権を、可能なかぎり制限する。
家族のありかたを規定する。(これは危険な考え方。なぜかというと、国が真剣にとりくまなければならない福祉や教育などを、なんでも家族のありかたのせいにして誤摩化すことが可能になるから。国家主義的なイデオロギーを植えこみやすくなるから。家族のありかたは、国が云々することではない。)

こんなバカバカしい、しかも日本語もあやふやな「憲法草案」を発表する自民党とは如何なる人達だろう?ーーーと不思議でなりませんでした。

それで、多くの人が怒りましたし、たくさんの本もでました。
僕も、そんなことをブログで書いたりしました。
野党議員もこれについて厳しく安倍首相たちを問いただしたのですが、のらりくらりとかわされました。

それから六年が経ちました。
・・・今となっては、これは全く、実は僕たちが間違っていたことが明白になったのではないかと考えているのです。
僕たちは、騙されていたのだ。

この憲法改正草案は、2012年、つまり民主党が第一党となって自民党が下野していたときに作られたもので、なんの責任も伴わない、これは「おとり」「サンドバッグ」だったのだと思う。
元々こんな草案を押し通す気など無かったのだ。
臆面なく、極端な国粋主義を打ち出したオトリを掲げることによって、むしろ自民党の求心力は増大したのだった。
リベラルはどうせ自民党を応援しないのだから、むしろ振り子を振り切ったほうが都合が良かったのだ。

自民党は返り咲き、特定秘密保護法、武器輸出解禁、安保関連法、共謀罪、カジノ法、民主党の瓦解など、いろんなことがありました。
僕には、かつてないほどの猛スピードで日本が悪い方向に向かっているようにしか見えません。
それを象徴しているのは、本屋に並ぶ、隣国のことをこれでもかというほど悪く書いた本。
「日本はスゴい!」などというテレビ番組も増えた。いまは日本の歴史上、もっともスゴくない時期なのに!

そうして、今週、自民党執行部のとりまとめで憲法改正案が決着したと報道されました。

憲法九条の二項維持がどうのこうの、自衛隊の明文化がどうのこうの、と言っています。
しかしその内容は、もはやどうでも良いのです。
(もちろん、自衛隊の明記なんてぜったいにアカンに決まっているのですが。)
何故なら、これは「お試し改憲」と言われているやつであって、「とりあえず一度でも改憲をすること」自体が彼らの目的だからです。
本当になんのこっちゃ分かりませんが、とにかく明治時代への郷愁というおかしな情念を持っている人達が存在していて、憲法の破壊を目論んでいます。その人達もアホではないので、十年や二〇年をかけて日本国憲法をぶっ壊そうとしていて、とりあえずの第一段階というわけです。
2012年の憲法改正草案は、実際の憲法改正の発議が「よりマシ」に見えるようにするためのオトリだったのだ。


いま、森友疑惑で国会が紛糾している安倍政権はもはや盤石でないかもしれません。それは良いニュースです。
でも、安倍首相などというものこそオトリに過ぎないのではないか。
安倍晋三なるものと2012年の憲法改正草案、この二つはどこか似ていないでしょうか。僕は似ているような気がしてなりません。


安倍政権が退陣しても、憲法改悪の流れはどんどん続くと思います。
憲法改正の発議は来るんじゃないかと思っています。
必死で、日本が崩れていくのを食い止めなければいけないと思います。

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2017年10月21日 ダイバーシティーナイト
場所:大阪 東梅田 DO WITH CAFE


(その2から つづき)
それでは、新しい試みをやってみたいと思います。
曲をかけてもらいますから、僕が、歌に合わせて、つくってきた翻訳のスライドをめくっていきます。
うまく、
歌詞のメッセージと音楽があわさって伝わると良いんですけれども。

曲は、スライ&ファミリーストーン、1968年発表の「EVERYDAY PEOPLE」です。

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この「Everyday」は、「毎日」という意味の名詞ではなく、「毎日の」つまり「普通の」という形容詞です。
〈それぞれ違うところはあっても、みんな同じフツーの人間なんだ〉という歌なんです。
それでは行ってみましょう。
1969年2月にビルボードPOPチャート1位、R&Bチャート1位の「EVERYDAY PEOPLE」です。
音楽おねがいします。

(歌詞のスライドをめくりながら音楽を聴く。)




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Sometimes I'm right and I can be wrong
My own beliefs are in my song
The butcher, the banker, the drummer and then
Makes no difference what group I'm in
I am everyday people!

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There is a blue one who can't accept the green one
For living with a fat one, trying to be a skinny one
Different strokes for different folks
So on and so on and scooby dooby doo
Woo sha sha. . .
We got to live together!

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I am no better and neither are you
We are the same whatever we do
You love me, you hate me, you know me and then
You can't figure out the bag I'm in
I am everyday people!

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There is a long hair that doesn't like the short hair
For being such a rich one, that will not help the poor one
Different strokes for different folks
And so on and so on and scooby dooby doo
Woo sha sha. . .
We got to live together!

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There is a yellow one that won't accept the black one
That won't accept the red one, that won't accept the white one
Different strokes for different folks
And so on and so on and scooby dooby dooby
Woo sha sha. . .
I am everyday people!


・・・はい。いかがでしたか。
ご覧になってどうでしたか? うまくメッセージは伝わったでしょうか?

(概ね、一同うなずいていただく。)

いましがた、この歌のなかに出てきんですが、このフレーズがものすごく有名なんです。
ほんとに、あちこちで引用されていますから、覚えておいてください。
スライがオリジナルだと思います。

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「ストローク」という言葉は「振り下ろす」とか、ひとつの動作をあらわす単語だと思います。この場合は「手で撫でる」という意味もあるそうです。
〈人種や民族が違えば、やりかたも色々ちがうでしょ〉
〈褒めどころも色々ちがうでしょ〉
ということだそうです。
"Different strokes for different folks."・・・これ、ぜひ覚えておいてください。

そんなわけでですね、さきほど言ったように、「ブラックは美しい」「黒人は武装せよ」という大改革が起こっている時代。
それから、いっぽう白人の側は、「もっと自由を!」「君と僕は違うんだ」とか言っている自由の時代。
その最中にあって、
「そんなもん、当たり前やろ〜! ケンカするな〜!」
というメッセージを発しているわけです。
ものすごいインパクトがあったというわけなんですね。

・・・それでは、スライはこのへんで終わりです。
つぎに、僕の専門であるジェイムズブラウンにいきます。
でも、時間がなくなってきましたね。
ちょっと急いでいきたいと思います。


(書き起こし、ここまで。)
(作成したスライドだけ、次ページその4に掲載しておきます。)



2017年10月21日 ダイバーシティーナイト
場所:大阪 東梅田 DO WITH CAFE

(その1から つづき)
なぜ、数多くある事例のなか、スライ&ファミリーストーンだけが「初の人種混合バンド」といわれているのか?ーーーということを説明してみたいと思います。
ええとですね、これについては、「初めての、黒人がロックを演奏するバンドだから」というような答えもアリなのかもしれません。
ただし、半分は正しいと思いますが、それほど正解ではないと思います。
スライ&ファミリーストーンはロックバンドではないからです。
リズム&ブルーズというかソウルに、ロックを取り入れたのは確かですけれども、あくまでリズム&ブルーズ、つまりいわゆる黒人音楽のバンドだと思います。

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さて、本筋にいきます。
そのためには時代背景を分かってもらわないといけないんです。
それでは次のスライドを見てください。
(読み上げる。)

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1960年代というのは「激動の時代」と言われています。
1960年代のアメリカというのは、ものすごく大きな「社会変化」が起こったんですね。
いろんな変革がおこりました。
音楽でいいますと、いま「ロック」と呼ばれているものが確立したのもこの時期ですね。
エレキギターを鳴らす長髪の若者、ビートルズがイギリスからやってきた。
ソウルと呼ばれる新しい黒人音楽がイギリスやアメリカの若者に受けた。
文化的には、ヒッピーと呼ばれる、若者の新しい価値観が登場した。
セクシャルレボリューションと言われていて、性表現の自由が格段にひろげられた。
ウーマンリブと言われる女性権利運動が起こった。
ゲイカルチャーの爆発はもうすこし後だと思いますが、ヒッピーやウーマンリブと大きく関係していると思います。
そして、いわゆる公民権運動があったのです。
そして、ベトナム戦争があった。
これがあったから、良くも悪くも、反戦を訴えた若者カルチャーが爆発したといえると思います。

さて、「公民権運動」の話をします。
あのキング牧師が主導した公民権運動です。
とにかく、1960年代の公民権運動というのは、おそらくみなさんが想像しているよりも、ものすごく重要で大きなムーヴメントだったんです。
アメリカ全体がひっくり返るような、一大運動だったんですね。

想像してみてください。南部の黒人というのは、アメリカの人口の数パーセント、ハッキリとは知らないんですが、5%から10%のあいだのはずです。
その人々が、白人専用の学校やホテルやレストランから立ち入り禁止だったわけです。
実質的な選挙権もありませんでした。
要するに、自由と民主主義の国・アメリカとしては「恥」の部分だったわけですね。
それを一気に違法にして前進をみたのが公民権運動です。

いわゆる公民権運動のスタートは、1955年からのアラバマ州モンゴメリーでの有名なバスボイコット運動です。
これから火がついて、キング牧師を中心として運動が大きくなっていったんですね。
キング牧師がとった戦略が良かった。それは「非暴力主義」という考え方だったんですね。
白人専用のレストランに座り込む。いわゆる「シットイン」という戦術です。
ここで殴られたり、ツバをかけられたりケチャップをかけられても、無抵抗で座り続ける。
デモや行進で警官に殴られても、殴り返さない。
こういう凄まじい写真や映像が伝えられて、黒人だけでなく、白人リベラル層の支持をとりつけることに成功しました。
そして、1963年8月のワシントン大行進がピークです。
20万人が参加しました。キング牧師が有名な「私には夢がある」という演説をしました。
これを受けて、翌年1964年、ついに「公民権法」が成立したのです。
ここまでの十年弱を、公民権運動と呼びます。

さて、当たり前ですが、歴史には続きがあるんですね。
1964年に成立した公民権法でしたが、しかし、それだけですぐにアメリカ全土の黒人の暮らしが上向くわけではありません。
キング牧師は、それに対する処方箋を持っていなかったんですね。無理もないことですが。
大きなぶり返しがきて、1965年の夏からは、暴動がくりかえし起こります。時代はどんどん変わるんですね。
とくに、ロサンゼルスで起こった「ワッツ暴動」というのがとても大きな暴動でした。
また、1965年には、マルコムXが暗殺されます。どんどん黒人社会に不安がひろがっていくんですね。
本当に短いあいだに、キング牧師の「非暴力主義」は、時代おくれとなっていったんです。

そこで登場したのが、ストークリーカーマイケルという青年でした。
彼は1966年ごろ、「ブラックパワー」という言葉をひろめて一躍有名になりました。
この言葉に込められた意味は、黒人は非暴力で訴えるだけではダメだ、経済力や政治力、そして武力を身につけないと前進できない、という訴えです。
そしてついに、1968年4月、キング牧師も暗殺されてしまいます。
あの非暴力主義のキング牧師までもが暗殺された・・・ということで大きな絶望が広がります。
もはや非暴力主義では闘えない、とつよく印象づけられてしまったのです。
そこで「ブラックパワー」や「ブラック イズ ビューティフル(黒い肌は美しい)」という言葉が大流行します。
黒人の政党・自警団である「ブラックパンサー党」も登場しました。これは自衛のための武装を肯定する主張です。
白人警官から殺されないように銃を手に取るリーダーたちが登場する。
「黒人は、自治権や独立国家を持つべきだ、という〈分離主義〉が説得力をもつ時代になりました。
白人層は、保守層もリベラル層も恐怖を感じる。
ですから、特に1960年代後半は、ふたたび「分断の時代」なんですね。

これが、スライ&ファミリーストーンが登場してきた時代の背景です。
だからこそ、スライのメッセージは強烈だったんです。
世の中のリーダーたちが、「黒人は美しい」「黒人は武装せよ」「黒人国家をつくろう」と言っている時代に、
スライは、「黒人も白人もアジア人も関係ない。ケンカをやめろ!」と言ったのです。
これが、「初の人種混合バンド」と言われた背景です。
そしてスライのメッセージは、多くの人に引継がれていきました。
アメリカでは、かつてのように「白か黒か」という単純な図式で語ることは少なくなったと思います。
「もちろんブラックはビューティフルだ。でも、肌の色なんて関係ない」
「大事なのは、個人個人が尊重されることだ」
「違いを認め合って、人種間のケンカをやめよう」
というような思想を広めたのは、スライの功績が、本当に大きいのではないかと思います。


・・・どうでしょうか?
今の時代にすこしだけ似ていると思いませんか。
今のアメリカは、八年間つづいたオバマ政権は、人種統合的なリベラルな雰囲気をつくったのですが、
ご存知のように、そのぶり返しといってよいでしょう、トランプ大統領が登場しました。
信じられないほどの破壊力で、アメリカの人種間に亀裂が入っていったと思います。
また「分断の時代」がやってきたのです。

このようにしてアメリカは、振り子のように、融和したり分断したり、を繰り返していると言われています。


さて、それでは、スライの音楽を聴いてみたいと思います。
「初のダイバーシティソング」です。
といっても、僕が勝手にそう決めつけているだけですが。
スライの歌を、「翻訳付き」で聴いてみたいと思います。

(その3へつづく)


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2017年10月21日 ダイバーシティーナイト
場所:大阪 東梅田 DO WITH CAFE


えー、みなさん、こんにちは。
オーサカモノレールの中田といいます。すんませんが、宜しくお願いします。
今日はですね、〈ダイバーシティー〉について、なんかしゃべってくれということで。
大きなお題をいただいて困っているのですが、僕なりに頑張ってみようと思います。
何をしゃべっていいのやら。
でもまあ、僕はですね、そもそも、いちおう、アメリカの黒人音楽といわれるものに憧れていまして、 昔、子供のころは、「黒人になりたい」なんてアホなことを考えていたんです。
言うまでもないことですが、それは不可能ですし、そんなことを言ってはイケナイんですけれども。
でも、僕にとっての〈入り口〉ということやったんですね。
みなさんはどうですか、なにか「違うもの」になりたいとか思ったことはありますか。
それは可能でしょうか?
そこにどんな問題が含まれているでしょうか?

さて、それでは本日の予定をみてください。
(読み上げる。)

1_pdfsam_ダイバーシティナイト.jpg こんな感じでいきたいと思います!
時間が足りるかどうか分からないんですが。

それでは一番からいきます。

クイズです。「史上初のダイバーシティーバンド」なんですけれども。
さて、誰のことでしょう?
・・・まあ、明確な答えというのは無いんですけど。

 「カルチャークラブ。」

おっ、そういう答えがありましたか。僕はあまり考えていなかったんですが。そうですよね。代表的な人ですよね。

 「Pファンク。」

ああ、いい線ですねえ、ちょっと違うんですけれども。むしろPファンクの元ネタのような人なんですけど。
他にありませんか?
プリンスはどうですか? まあプリンスはバンドではないですけどね。
はい、では、僕の答えはこの人たちです。

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僕の答えは〈スライ&ファミリーストーン〉です。1966年に結成されたサンフランシスコのバンドです。
1967年にレコードデビューです。そのアルバム二枚目、三枚目くらいで世界を大きく変えた伝説のグループです。
たとえばプリンスは明らかにスライを下敷きにしていると思います。僕はプリンスのことまったく詳しくないんですけども。

彼らのどこが「ダイバーシティー」なのか分かりますか?
これは、まず人種、つまり肌の色ですね。
黒人と白人が一つのバンドで演奏している、ということです。
本当にこれは画期的なことで、当時、無かったことだったんです。
「史上初のインターレイシャルバンド(人種混合バンド)」と言われています。
それだけではありません。このバンドには男も女も居るんです。それもポイントです。
七人中のうち二人が女性なんです。ひとりはローズというスライの妹のピアニストです。
もうひとりはシンシアという色の薄い黒人の女性で、強烈な声で叫んだりして、激しい個性のトランぺッターです。
それから、髪型やファッションにも注目してください。おかしな髪型ばかりなんですね。
ヒッピーファッション、アフロヘア、それにシルバーのウイッグ・・・。アゴひげ。
「黒人がヒッピーで何が悪いねん」
「白人がファンキーな音楽やって何が悪いねん」
「女がトランペット吹いて何が悪いねん」
と言っているように見えるわけです。

だから、スライ&ファミリーストーンは、その構成・編成そのものが、自由の街・サンフランシスコから世界へ向けた大きなメッセージだったんですね。
「黒人も白人も仲よく生きろ」とか、
「女も男も、世の中に大きな声を出して行け」とか、
というようなことですね。
それから、「若者の音楽やファッションを受け入れろ」っていうのも大事だったでしょう。

ちゅうわけで、スライ&ファミリートーンが、世界初のダイバーシティーバンドということです。
といっても、もちろん、いろんな視点があるので、あくまで一つの説ですけどね。
ぜひ覚えといてください。

さて、それでは、もうすこし深く掘り下げたいと思います。
僕はいま、「史上初の人種混合バンド」であったと言いました。
本当にそうでしょうか?
白人と黒人が音楽を一緒に演奏することがそれほど珍しかったのでしょうか?
あのアメリカで、そんな単純な話ではないんですね。
たとえば、この人達はどうでしょうか?

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〈ブッカーT&MGズ〉です。このバンドは1960年代前半に登場したバンドですが、リーダーのオルガン奏者・ブッカーTさんとドラムのアルジャクソンさんは黒人なのですが、ギターのスティーヴクロッパーとベースのダックダンは白人なんです。それでソウルミュージックを演奏したんです。
この人達のほうがよっぽど前なんですよね。
他にももちろんあります。
まあ、ちょっと違うジャンルで、あくまで一例ですが、ジャズの世界から、これはどうでしょうか。

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マイルズデイヴィスのクインテットです。これの写真は1950年代末です。ピアノがビルエヴァンスという白人なのです。まあ、在籍期間はアルバム一枚の録音だけなので、ものすごく短いですが。
そのほかにも、キャノンボールアダレイのクインテットのジョーザビヌルとか。
当たり前ですが、ジャズの世界にはたくさん白人のプレーヤは居ます。
そしてレギュラーバンドのなかで演奏していた人も多いです。

そんなわけで、1950年代でも、1960年代前半でも、黒人のバンドで白人が演奏している例はいくらでもあると思います。
そんななか、スライ&ファミリーストーンが「初の人種混合バンド」と、わざわざ謳われているのは一体どういうわけなのでしょうか・・・ということを説明してみたいと思います。

(その2)へつづく。




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