マーサ・ハイ物語(第三回)

マーサ・ハイ物語(第三回)

 マーサたちのグループ(名前はまだありませんでした)は、ワシントンDCの大物・ボーディドリーのスタジオへ出かけます。はたして、彼からとても気に入ってもらい、それからは彼のスタジオに入り浸って練習するようになりました。ボーの奥さんと子供達とも仲よくなったそうです。
 数ケ月後にはボーディドリーのバックで歌うことになり、ボーの専属女性コーラス隊として「ボーエッツ(The Boettes)」と呼ばれることになりました。

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Bo Diddley (1928-2008)

 ボーディドリーがNYハーレムの有名なナイトクラブ〈スモールズ パラダイス〉に出演にするというので、初めてニューヨークへ行ったそうです。マンハッタンの高層ビル街を初めて観て、大感激したそうです。そりゃあ容易に想像がつきます。まだ彼女たちは高校生だったのです。・・・奈良県の田んぼのなかで育った僕も、初めて東京に来たときのことを覚えています。似たようなもんでしょう。(それはどうでもよいのですが。)
 ところが、まだ成人でなかった彼女たちは、出演するどころか、クラブに入ることさえ許されず、結局、夜はホテルでだらだらするだけで帰って来たそうです。面白い逸話ですね。

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 若かったマーサたちは、ボーのバンドメンバー達と深い仲になるところだったのですが、ボーはハッキリと釘をさしたそうです。「うちの楽団員が何かをやらかして、オレが刑務所に行くのは絶対にごめんこうむる!」・・・それでボーの廻りの人たちは、マーサたちに手をだそうとしなくなったそうです。

 ところで、この「〇〇エッツ」という名前は、ホントよく登場しますよね。これって何なんでしょうか?
 レイチャールズの女性コーラス隊は「レイレッツ」、アイク&ティナターナーの女性コーラス隊は「アイケッツ」。あとは「シャーメッツ」とか「ロネッツ」とか。(それに、パロディも枚挙にいとまがないと思うのですが。)女性のコーラスグループに使う名前なんですよね。

 僕も僕もはっきり説明できませんが、「-ette」(エット)というのがフランス語由来の接尾語で、これを語尾につけると名詞の〈女性形〉になるそうなんです。一番分かりやすい例が、「シガー Cigar」(葉巻たばこ)に、この「-ette」をつけると「シガレット Cigarette」(紙巻きたばこ)になる。男性的が女性的になる。ちょっと違うかもしれないけど、大体そんな感じです。
 アイクターナーの「アイク」に、「-ette」をつけて複数形の「s」をつけると「アイケッツ」になります。日本語でいうと、「アイク子さんたち」みたいなニュアンスかな? (まあ、テキトーな説明で失礼。)

 それから、細かい話をしますが、ジェイムズブラウンのコーラス隊に〈ブラウネッツ The Brownettes〉という幻のグループがありました。シングルが一枚あるだけで、誰が歌っているのか、分かりません。ながらく、これはマーサ達の〈ジュエルズ〉の変名であろうと考えられてきましたが・・・どうやら違うようです。本人が否定していました。

 うわっ、また話が逸れてしまいました。残念ながら、〈ボネッツ〉はあまり発展しませんでした。ボーディドリーは、当初はレパートリーを増やしてから売り出すつもりだったのですが、どこかで頓挫しました。そんなとき、ボーから新しい話がきました。「〈フォージュエルズ The Four Jewels〉が新しいメンバーを探しているよ。マーサ、会ってみるべきだよ」と言われたのです。

 フォージュエルズは、すでに地元では知られていた四人組の女性ボーカルグループでした。マーサたちと同じ高校の卒業生でした。マーサより1~2歳ちがうだけです。同じくボディドリーの界隈にいたのでした。メンバーのなかで唯一、一番年下のサンドラだけはマーサと同い年で、まだ高校生でした。
 まだ、シングルが3枚ほどと、学校主催のダンスパーティー(アメリカにはそういう仕事があるんですよね)や、いわゆる「ソックホップ」に出演していた段階でしたが、勢いにのっていたのです。ソックホップというのは、50~60年代当時のダンスパーティーのことです。

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 「Loaded with Goodies」という曲が、地元のラジオ局で人気が出ていて、「さあこれから全国へ活動の域をひろげるぞ」というタイミングでリードボーカル担当が家庭の理由で脱退したのでした。


 ボーディドリーの家で、毎週土曜日、フォージュエルズは新しいシンガー候補と会っていました。マーサもそこへ出向きました。
「私たちの曲、〈Loaded with Goodies〉は知ってる?」
「聴いたことあります」
「じゃあ、やってみましょう」
マーサは、自分の耳には自信がありました。自分がどの音で歌ったらいいかをすぐに見つけて全員とブレンドすることは得意でした。何度も何度も繰り返して、メロディーもパートも歌詞もすべて教えてもらったのでした。(もちろん楽譜や紙は使いません。)

 一週間後、サンドラから電話がかかってきて、再びボーディドリーの家に来るように言われました。「たくさんの女の子をオーディションしてみたけど、あなたが一番だと決まったわ」と言われました。マーサは「ありがとう!ありがとう!」と言いました。
 そのあと、みんなで冗談を言い合ったりして、すぐに四人は仲良くなったそうです。

 「ボエッツのほうはどうする?」と言われましたが、ボエッツはもうすでに解散寸前だったので気持ちの問題はありませんでした。「大丈夫、なんとかなるわ」と言いました。 ボエッツのみんなに脱退を申し出たところ、すこし口論になりましたが、ボーディドリーが、「みんな心配しなくていい。フォージュエルズのオーディションを受けた方がいいとマーサに言ったのは私なんだよ。合格したんだから、喜んであげなさい。マーサが脱退したって、活動を続けたらいいじゃないか」と言って収めてくれました。
 こうして、晴れてマーサはフォージュエルズの一員となったのでした。

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 これから、マーサたちフォージュエルズ(のちに〈ジュエルズ The Jewels〉に改称)での快進撃、それからジェイムズブラウンとの出会いがあります。



第四回につづく


2024年6月

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