2016年11月アーカイブ

大統領選結果とこれから

 
 選挙結果がでてから一週間がたちました。ドナルドトランプが次期アメリカ大統領に当選が決まりました。アメリカが、世界中が、パニックになっています。

 アメリカは建国以来、とくに二〇世紀後半、自らが掲げる「自由と平等」や「多文化」の道を歩んできました。
 60年代は黒人の権利運動やヒッピー文化、70年代には同性愛者のムーヴメントが盛り上がりました。80年代にはヒスパニック移民の問題化。大きな課題を抱えながらも、かろうじて「多文化が共存する国」を目指してきました。
 それが遂にストップしてしまうのでしょうか? トランプ政権はまだ始まっていませんが、当選しただけですでに数十年分のバックラッシュ(後退)は起こっているでしょう。イスラム教徒やメキシコ移民に対する攻撃。黒人や女性の蔑視。それを民主主義の超大国アメリカが選んでしまったという事実が、否応無しに国のすみずみまで広がっていくでしょう。本当に恐ろしいことです。

 この選挙結果は多くの人にとって衝撃でした。けれども、ことの本質は一年を通して議論がつくされて、もう答えは出ているように思います。
 つまり、このトランプ現象というのは、アメリカでの格差の広がり(中流層の貧困化)が生んだ、憤りの表出だということ。その感情をトランプが利用して、ヒスパニック、イスラム教徒、アフリカンアメリカン、都市部のリベラル、メディアといったにものへの憎しみにすり替えて票に結びつけた、ということです。

 そして、この「格差と憎しみによる排外主義」というバックラッシュがアメリカだけの出来事ではなく世界的な歴史の潮流だということ。グローバリゼーションの巨大な波が押し寄せ、一部企業だけが繁栄し、各国で不況がひろがり、従来の先進国における相対的貧困(格差)は益々ひろがっています。それにつけこんだ極右政治家が闊歩するようになったのが21世紀初頭であるということです。
 極右政党の勃興は世界的な現象です。ルペン党首のフランス「国民戦線」。イタリアの「北部同盟」、「ドイツのための選択」党。イギリスではEU離脱を牽引した「独立党」。そして日本では、いまだに大阪で猛威をふるっている「維新の会」や、「日本のこころ」。名前も出したくないが「在特会」なんてのが居ます。
 つまり、このトランプ現象は、まったく、日本の問題でもあるのです。

 もう一点あります。それは、この大統領選挙における共和党と民主党の戦いが、あまりにも日本の政局を思い起こさせるということです。憲法改悪へすすむ日本を思うと背筋が凍りつきます。
 アメリカ共和党の「Make America great again.」と日本の自民党の「この国を取り戻す」。組織票を読むばかりで市民の心を掴むことがなかったと批判されるアメリカ民主党の指導部と日本の民進党。また、ひろがる格差をなくすための指針や経済政策を打ち出すことのできない民主党(民進党)。芸能人を見方につけても大衆の心をつかむことのできなかったクリントン候補は、規模が違うとはいえ、都知事選で森進一さんを登壇させたが活かしきれなかった鳥越俊太郎候補を思い出しました。饒舌に、中身のない「改革」をうたって大衆心理につけこむ手法は小泉純一郎・橋下徹・小池百合子の流れにそっくりです。
 そして何より、メキシコ移民やイスラム教を攻撃するトランプは、在日韓国・朝鮮人にいわれない攻撃をしたり、お隣りの韓国や中国のことを悪く言うような風潮がはびこってきた現在の日本を思いださずにおれません。

 トランプ現象を、アメリカ国内問題とだけ見てはいけないと思うのです。そして、「トランプ」を「外交問題」や「経済問題」と捉えることさえ、なんだかスジが違うように思えてなりません。
 「TPPが批准されないからトランプも悪くないかも」とか「米露の協議がはじまればシリア問題が解決に向かうから、トランプも悪くないかも」などと、僕たち市民はいちいち口にする必要があるでしょうか。
 さらに、「在日米軍が引き上げれば基地問題を解決できるかも」とか「日本の国家主権の観点から日米同盟に消極的なトランプを歓迎」などという意見がこれから多くなると思います。そんなことを言っている場合ではないと思う。(ましてや「日本の主権を取り戻す云々」なんてのは・・・物事の一面しか見ないオポチュニズム。)
 かつて1930年代には10年かけて徐々に世界大戦へ向かって行きました。そんな時代を思い出させるいま、僕たち市民が、瑣末な「国益」の損得計算をやっている段階ではないのではないか。

 いま、求められていることは、「格差をなくすために何をすべきか考える」・・・ホントこれしかないでしょう。「新しい日本型の高福祉国家像」とか「新しいリベラリズム」とか、そういうのを構築しないといけない。

 とくに民進党は、対抗軸となる経済政策を打ち立てて、政権交代を目指してほしい。〈リベラルの受け皿〉というポジションを明確にして、たくさんの市民の応援を取り付けてほしい。
 同じく共産党や社民党も頑張ってほしい。自由党も頑張ってください。

 僕たち市民は、この世の中にはサンタクロースやスーパーマンは居ないということを肝に銘じながら野党を応援していくべきです。
WHY CAN'T WE LIVE TOGETHER  by Timmy Thomas, 1972



どうしてなのか
どうしてなのか だれか教えてよ
どうして僕たちは共に暮らせないんだろう

どうしてなのか
どうしてなのか だれか教えてよ
どうして僕たちは共に暮らせないんだろう

誰だって 共に暮らしたいと願ってる
なのに どうして共に暮らせないんだろう?

戦争はもういやだ
戦争はもういやだ 戦争はもういやだ
この世界に平和を望んでいるだけ

戦争はもういやだ
戦争はもういやだ 戦争はもういやだ
僕の望むものは ただ世界の平和だけ

誰だって 共に生きたいと願ってる
なのに どうして共に生きられないんだろう?

 共に生きなくては
 共に生きなくては
 さあ 共に生きてゆこう

肌の色なんて関係ない
肌の色なんて関係ない
君は僕の友達さ

肌の色なんて関係ない
肌の色なんて関係ない
君は僕の友達さ

誰だって 共に生きてゆきたいと願ってる
なのに どうして一緒にできないんだろう

 共に生きなくては
 共に生きなくては
 さあ 共に生きてゆこう


Tell me why, tell me why, tell me why
Why can't we live together
Tell me why, tell me why, tell me why
Why can't we live together
Everybody wants to live together
Why can't we live together?

No more wars, no more wars, no more wars
Just a little peace in this world
No more wars, no more war
All we want is some peace in this world.
Everybody wants to live together
Why can't we live together?

Gotta live gotta live...
Gotta live together
Now live together.

No matter, no matter what color
You are still my brother
I said no matter, no matter what color
You are still my brother
Everybody wants to live together
Why can't we live together?

Gotta live gotta live...
Gotta live together
Now live together.

金田一春彦の日本人論

 

先日、興味深い一文にでくわしました。金田一春彦による日本人論です。以下引用。

 

 

 日本の歴史を読んでいるとおもしろいのは、雄弁なことで評判の高かった人、というのは一人もいない。英雄というのは保元の乱の源為朝、征韓論の西郷隆盛など議論をすると負けてしまう方に人気がある。源頼朝の重臣だった梶原景時なんて人気がない。最近になって初めて、勝海舟が雄弁だったとか、福沢諭吉が演説上手だったとか評価されてきたが、戦前はそういうことがなかった。

(中略)

 日本ではどうも弁論は好まれなかった。中国では張儀という人がいる。ギリシャではデモステネス。弁論によって一国の運命を救ったという人もいるが、日本にはなかなかそうした人は現れない。漱石の「坊ちゃん」なんかは、弁論のへたなことで代表的な人だろう。職員会議で立ち上がっても、一言もまとまったことを言えない。そこへいくと教頭だとか校長だとかはいろいろ言える。たぬきや赤シャツはべらべらしゃべるけれど、そういう登場人物は好かれない。坊ちゃんは言葉がダメとなると、暴力に訴える。あれはよくない。話が脱線するが、もしかしたらこの前の戦争のとき、「日本は外交がへただ。だからこのままでは向うの言いなりになってしまう。戦争なら日本は強いんだ。いっそ戦争という手段に訴えてしまおう」と思った上層部の人がいたかもしれない。そうだったら大変なことである。

 

金田一春彦『ホンモノの日本語を話していますか?』(2001年)

いま世界でおこっていること

 

要するに、いま世界で起こっていることは・・・

①冷戦の終結とIT発展

  ↓

②多極化・グローバリゼーション

  ↓

③一部企業の巨大化、国家の弱体化

  ↓

④格差の拡大

  ↓

⑤移民排斥運動・差別感情(いまココ)

ということらしい。

いささか分かりやすさに過ぎる俯瞰かもしれない。単純すぎるだろうか?

いや、もはや冷戦の終結から30年ちかく経っているのだから、これくらいシンプルに俯瞰できなくてどうする、という気はしている。

とにかく、トランプ現象、イギリスEU離脱、日本のネトウヨ現象、「日本すごい」、そして韓国や中国のことを悪くいうあの風潮、反知性主義・・・もはや、一言で説明できるだろう。

それは、格差の拡大が生んだ憎悪や苛立ちということだ。

本来ならば、次のようなチャートになって欲しかったのだ。

④格差の拡大

  ↓

⑤新しいリベラリズムの誕生


〈新しいリベラリズム〉って何やねん・・・。自分でも意味わからずに書いてます。

それは「大きい政府か小さい政府か?」と問われたら、大きいほうなるんだろうけど、でも、そんな「新しい国家像」なんて大それたものは僕にはよくわからない。

ただ、僕が大事だと考えることの一つは、「格差というのは不幸」ということだと思う。

人間にとって、貧しい(物質的に所有できない、消費できない)ことは必ずしも不幸とはかぎらない。不幸を感じるのは、不平等を感じたときにだと思う。

たとえば、とある先進国が大きな格差をもっており、とある発展途上国が格差のすくない社会をもっているとする。その先進国に住む低所得層家庭と、その発展途上国に住む中流家庭では、どちらが「幸せ」を感じることができると言えるだろうか? 前者のほうが高い所得があり、物価の違いもこえて高い生活水準をもっているとしても、「幸せ」なのは格差の少ない後者のほう、と考えるのはもはや少数意見ではないだろう。

だから、いわゆる新自由主義・トリクルダウン理論なんていうのは、(そもそもトリクルダウンは起こらないという議論もあるのだが、それ以前の問題として)「格差そのもの」が「悪」なのだと、僕は強く思う。

格差は「幸せな社会」への布石とはならない。「豊かな社会」へさえ役にたたない。格差は経済成長を促すことも無いばかりか、人々の心を蝕んでいくだけだ。

いま、世界の風潮、いや歴史は、あきらかにこういった古い考え方(格差社会を是とする新自由主義経済、および資本主義そのもの)を否定していく方向に進んでいる。

そんなわけで、要するに、その〈新しいリベラリズム〉と僕が勝手に呼んだものが確立されるのが先か、格差が生む差別感情の爆発が先か、そういう問題なんだろう。

*     *     *

大統領選挙をあさってに控えたアメリカでは、オバマは去り、サンダースは破れた。

日本に住むぼくたちは何をすべきか?

アメリカと違って、僕たちにはまだ日数がある。とにかく、民進党や共産党や社民党を、〈新しいリベラリズム〉の観点から、厳しく批判しながら、激しく応援すること・・・ではないだろうか。


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