ミュージックビデオ「FIGHT THE POWER」を解説する。(前編)

音楽と関係ある度:★★★★★



 * この記事は〈翻訳編〉〈解説 後編〉と合わせてお読みください。

 MV「FIGHT THE POWER」翻訳

 MV「FIGHT THE POWER」を解説する。(後編)



 パブリックエネミーの「Fight The Power」は、スパイクリーの映画『DO THE RIGHT THING』のためにつくられた曲でした。タイトル曲でもあり、劇中でも繰り返し流れます。例の「ラジオラヒーム君」がビッグサイズのラジカセでこの曲を流しながら街を歩き回ります。「パブリックエネミー」という名前さえ劇中に登場します。

 このミュージックビデオもスパイクによって監督されました。その姿も、何度かビデオに映っています。冒頭の「Playback!」という声もスパイク。

 このビデオがつくられたのは1989年。ニューヨーク市ブルックリンでした。

 そして、30年ちかく経った2016年、遠く太平洋を挟んだ日本に生きる僕たちと、このメッセージが、直球ストライクでつながっているように思えます。それで、わざわざこうして「解説」を書いてみることにした次第です。

 というのも、このミュージックビデオのテーマが、ずばり「デモ・集会」だからなのです。

 「曲」のほうのテーマは三部構成に分かれます。それも追って詳しく見て行きます。


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*     *     *


 このニュースのどこが「ダメ」なのか、分かるでしょうか?
 この原稿のほぼすべて一言一句が猛烈にダメなのです。たとえば、冒頭の一文「リンカーンが奴隷を解放してから百年にあたる今年・・・」というのさえ「ダメ」なのです。いろんな声が聞こえてきそうです。「黒人が〈自由〉になって100年・・・どの口が言う?」「まだ黒人を奴隷と思ってるのか?」「まだ本当の奴隷制の歴史は終わってないぞ」「〈解放したこと〉ばかり言いやがって、〈奴隷にしたこと〉の話はしないのかよ」という様々な声が、僕の耳には聞こえてくる気がします。・・・どうでしょうか。
 いずれにせよ、キング牧師を中心とした公民権運動は、襲撃やリンチや放火が行われていた当時の「今」を扱っているのですから、「リンカーンから数えて何年目か?」なんて、まったくナンセンスでしょう。ワシントン大行進は奴隷解放宣言100周年を「記念」しておこなわれたものですが、そんなの、ただの盛り上げるための戦術です。なんだかめでたいことのようにアナウンサーが言うのはオカシイのです。「百年経ってもこの惨状」という意味にしかならないのです。そういう文脈ではないことは明らかです。

 最も屈辱的な部分はこの一文でしょう。「ワシントンD.C.を訪れた人が大人数すぎて、ビールも買えなくなってしまいました」。まるで大行進の参加者が、ビールを飲んでお祭りでもやったかのような印象操作です。
 そして最後は、バカバカしくも「(デモが行われているので)民主主義は健全です!」というアメリカ合衆国賛美で締めくくります。民主主義が実現されていないから行進をやっているのに。

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 さて、時代は四半世紀ほど飛びまして、われらがチャックDの登場です。僕は当時の反応を詳しく知りませんが、このチャックDの言葉が論争をよんだことは想像にかたくありません。世紀の偉人・キング牧師の行進のことを「ナンセンス」とこきおろしているのですから。誰だって耳を疑うことでしょう。

 「何様! ヒップホップとかラップとかいうアホの音楽をやる小僧が、キング牧師を侮辱しているぞ。けしからん!」という論調が、少なからずあっただろうと思います。
 しかしそれは違うでしょう。チャックDは、キング牧師の偉大な足跡はもちろんのこと、三百年の歴史、とくに1950年代後半から現代までに起こったことは良く知ったうえで発言しているでしょう。1989年のチャックDにとっては、「黒人問題」というのは「現在の問題」であり「自分自身の問題」なのですから、「四半世紀前、キング牧師というエラい人がいて、こういう戦術をとった」というのは過ぎ去った歴史的な事実であって、学ぶことは当然ながら、むしろ、それを乗り越えなければならない責務を負っているわけです。

 まさに今日 クラックで死んでいく人がいる、今日 警官に撃たれる人がいる、今日ギャングになって撃ち合いをやっている子供が居る。どうやってそれに立ち向かうのか。・・・そういうことじゃないでしょうか。

 キング牧師の戦術はもう古い。新しい世代は違う方法で闘わなければならない。そして、それは、1989年の今、拡大しつづけているヒップホップという新しい音楽と強くシンクロしている、それが彼のメッセージです。

 キング牧師のとった戦術は、ガンジーに倣った〈非暴力主義(無抵抗主義)〉による〈座り込み〉や〈行進〉でした。
 その思想・戦術は、公民権法の制定(1964年)などの大きな成果をあげました。しかし、ベトナム戦争激化やワッツ暴動を経て、1960年代後半には「時代遅れ」と見なされるようになっていきました。


 それでは、チャックDが「現代のアプローチ」として提唱しているものは何でしょうか。

 彼がこのビデオで挙げているものは、下記の三つです。


 ・セミナー(Seminars)

 ・記者会見(Press conferences)

 ・抗議集会(Straight-up rallies)


 それぞれを確認していくことにします。まず一つ目の〈セミナー〉です。日本語で言うと〈勉強会〉というような感じでしょうか。辞書ではおよそ下記のように掲載されていました。


Seminer [noun] 1. A conference or other meeting for discussion or training. 2. A class at a college or university in which a topic is discussed by a teacher and a small group of students.

【セミナー】[名詞] ①議論や訓練を行う集まり。②大学における授業。一人の教師と何名かの生徒が、一つの議題について議論する。


 どうやら、講師がしゃべり続けるのではなく、講師の指導のもとで参加者(生徒)が「議論する」というのがアメリカ式のようですね。

 つぎに〈記者会見〉です。これは、まあお馴染みですよね。


Press conference: An interview given to journalists by a prominent person in order to make an announcement or answer questions.

【記者会見】 一人の中心人物が記者団とおこなう面接のこと。何かを発表したり、質問に答えたりする。


 そして、最後です。"Straight-up rallies" と言っていますので、〈直接抗議集会〉とでも訳したら良いのでしょうか。


Rally [noun]: A mass meeting of people making a political protest or showing support for a cause.

【抗議集会】[名詞] 何らかの主張についての、政治的抗議をするため、または賛成表明するため、大人数が集まること。


 そんなことですので、キング牧師の「March」と、チャックDの「Rally」が本質的にどう違うのか?・・・を知りたいところですね。米語版ウイキペディアから、部分的に翻訳します。

https://en.wikipedia.org/wiki/Demonstration_(protest)

https://en.wikipedia.org/wiki/Protest#Forms_of_protest


〈デモンストレーション〉または〈街頭抗議〉とは、多人数の団体(ひとつの団体、または、ある程度の人数の団体が複数)が、政治的主張を目的として行動をとること。通常、大行進または集会の形態をとる。行進の場合は、集合場所またはスタート地点が決められる。集会の場合は、スピーチを行なって参加者が聴く。(中略)


[形態について]

デモンストレーションには多くの型が存在する。細かな違いも多くありうる。下記はその代表的なもの。

・Marches(行進)......行列をなして、決められた道程を進みながら政治主張を行う。

・Rallies(集会)......大勢の人が集まり、演説や音楽演奏をきいたりする。

・Picketting(ピケ).....ある場所(主として職場)のまわりを取り囲んで、人が通れないようにする。(以下略)


 また、ほかには、Sit-in(座り込み)、Vigil(キャンドル集会)、Civil disobedience(市民的不服従)、Ceremony(式典、祭り)などがあると他ページに列挙されていました。


 上記により分かることは、「March」も「Rally」も、意義のうえで大きな違いは無いということです。そうなってくると、Straight-up という言葉が肝心ということになるでしょう。日本語でいうと「マジで」「ガチで」という意味。


 つまり、どういうデモが「Straight-up rally」であって、 どういうデモがそうでないのか? これが一番のテーマではないでしょうか。


 「直接的に要求を訴えるデモ」または「直接的な政治力となるデモ」ということだと解釈したら良いでしょうか。

 みなさんはどう思われますか?


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 それでは、〈前編〉の最後に、プラカードになっている偉人の面々を記しておきます。いちおう登場順です。
 この「偉人」つまり「黒人(我々)の英雄」というのが非常に重要なのです。〈後編〉でそのことを書きます。

 ・ジョールイス Joe Louis(ボクシング選手)
 ・ポールロブソン Paul Robeson(俳優・歌手)
 ・ハリエットタブマン Harriet Tubman(奴隷解放運動家)
 ・アンジェラデイヴィス Angela Davis(活動家、カリフォルニア大学教授)
 ・メドガーエヴァーズ Medgar Evers(活動家、全米黒人地位向上協会ミシシッピー支部)
 ・マルコムX Malcolm X(活動家、アフリカ系アメリカ人統一機構)
 ・サーグッドマーシャル Thurgood Marshall(最高裁判所判事)
 ・ジェシージャクソン Jessie Jackson(活動家、Rainbow/PUSH)
 ・フレデリックダグラス Fredderick Douglas(活動家)
 ・マーチンルーサーキング(活動家、南部キリスト教指導者会議)
 ・ジャッキーロビンソン Jackie Robinson(野球選手)

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*     *     *


 さて、いよいよ〈後編〉では、「Fight The Power」の歌詞の研究にうつりたいと思います。


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 一つ目のヴァースは、導入部であり、音楽(ヒップホップ)と抗議行動、の関係について歌っています。

 二番目のヴァースでは、本丸のメッセージが語られます。オレ達に一番必要なものは「Pride」と「Awareness」(人としての尊厳、それに目覚めること・関心をもつこと)だと言います。

 そして三番目のヴァースでは、偽善的ヒーローや既存の権力(いわゆる「The Hype」)を糾弾します。そして、当時人気者だった同胞のボビーマクファーリンの悲劇的事例をあげて、真のメッセージを届ける新しい音楽=ヒップホップを讃えているという構造になっています。


 それでは、〈後編〉で詳しく歌詞の内容を説明したいと思います。

 (つづく)


 MV「Fight The Power」を解説する。(後編)

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