僕が日本のアーティストに望むこと

総じて、アーティスト/音楽家というものは、やっぱり、ある種の影響力を持っているはずです。
その人達が実際に動けば、大きな<風>をおこす能力を持っています。

アーティスト/音楽家というものは、辺野古基地をストップさせたり、安保法制を廃止にしたり、原発再稼動をとめたりできるパワーを持っていると、僕は信じています。
2016年7月に選挙があります。そこで安倍政権を退陣に追い込み、日本の政治の流れを変えることも、当然ながら出来ます。


ところが、そういった実績は今のところ無い。
やっぱり、動かない。
動きそうな人でも動かない。
リベラルっぽい人でも動かない。

多くの人がこう思っていると思います。
「アーティストはレコード会社やテレビ局との<しがらみ>があって、個人的な意見を言う事ができないんだろう・・・」
しかし僕が考えるに、そういう事情は無いんじゃないか。

実際、動けない理由は、
「どうしたらよいか分からない」
「なにを言ったらよいか分からない」
「それによって何を失うのか、よくわからない」
ということなんだろうと思う。
(もちろん、僕だってその一人です。)

そういったスイッチを入れるのは勇気が要る。
フツーの市民とちょっと違う。
ステージに立つ人には期待も大きい。
たくさんの人の前で、語ることが求められる。
もしかしたら、次の日の仕事で、イベント司会者や雑誌インタビュアーから、
「集団的自衛権についてどう思いますか?」とか
「日本が脱原発できない理由はなんだと思いますか?」
なんて質問されちゃうかもしれない。
そのとき、専門的な事柄をよく知らないことがバレちゃったらカッコ悪い。
<平和>や<人権>について、気の利いた言葉を吐き出すことができなかったら、ダサいと思われちゃうかもしれない。


・・・・それについて、僕はこう考えています。

アーティストや音楽家というものは、饒舌に語る必要はない。
政治情勢について、自らの分析を披露したりする必要はない。
エネルギー政策についての対案を持っていなくて良い。
経済政策を詳細に批判するような知識がなくとも良い。
尖閣問題について解決策を提示できなくてよい。

そんなことは、アーティストに求められていないし、出来るようになる必要性は、無い。

僕はこうしたらいいと思う。

デモや集会に参加したらいいと思う。
デモや集会に参加することを世間に予告したら良いと思う。
デモや集会に参加したことを報告したら良いと思う。
デモや集会で写真を撮られたらいいと思う。

もし求められたら、デモで一曲演奏したらいいと思う。
スピーチをするなら、知人と原稿を練ったらいいと思う。

7月の選挙では、どの政党/候補を支持するか発表するのが良いと思う。

選挙は<消去法>です。ブログやSNSで明言する。できれば応援演説にいって、一曲歌うのがよいと思う。

(結局のところは、アーティストも一般市民も無い。結論は同じ。とても重要。)

わざわざヘタを打つ必要はない。
アーティストは、バットの良い振りかたを練って、スカッと爽やかなスイングを見せて欲しいと思う。

それが、「音楽の力」で世の中を変えるということじゃないかと思う。
たしかに、たくさんの人の利害が渦巻くところだから一筋縄ではいかないかもしれない。

しかし、なによりも、音楽家の発言が求められている時代だ。

今は「激動の時代」と言われる。
「崩壊の時代」と言っても良い。
時間の猶予は無い。

2020年6月

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