2012年11月アーカイブ

フレッド・ウェスリーとは誰でしょう

 
音楽と関係ある度:★★★★★

 フレッド・ウェスリーと共演させていただくことになりました! なんと光栄なことでしょうか。四半世紀にわたって憧れ続けた人と、一緒にリハーサルをして同じステージを踏ませてもらうのです。フレッド・ウェスリーといえば、JB FUNKをつくった人物そのひと。僕もNo.1ファンを自認しています。まるで、藤子不二雄のアシスタントになってドラえもんの顔を描かせてもらう気分です。あ、また要らんこと言うてもうた、、、。
 マーヴァ・ホイットニーとショーをやったときも気合い入りましたし、大いに学ばせてもらいました。しかし、今回はシンガーとバンドということではなく、世界トップクラスの優秀なミュージシャンとの共演ですから、力の入りどころがちょっと違います。いやあ、緊張するだろうなあ! 僕も今から夜も眠れません、、、。楽しみにしていてください!

 さて、フレッドとは誰か? 何をやってきた人なのか? どこが一番凄いのか? 順に、簡単に書いときます!
 フレッドは1943年生まれ。深南部、アラバマ州モービル育ちです。(アルバム『Breakin' Bread』は故郷についてのコンセプトアルバムでした。)10代後半〜二十歳だった1960年代前半は、アイク&ティナ・ターナー、ハンク・バラッド&ミッドナイターズのツアーメンバとして活動しました。
 ジェイムズ・ブラウンの一座に加入したのは1967年です。「Say It Loud - I'm Black & I'm Proud」や「Give It Up, or Turnit A Loose」などを録音。当時の音楽監督〝ピーウィー〟エリスが1969年に脱退すると、ブラウンから音楽監督に任命されます。しかしすぐにブラウンと対立して脱退します(1970年はじめ頃)。
 一度はLAでミュージシャンとして挑戦したものの、道は険しく、「才能や技術があるだけではダメだ」と悟ったそうです。一方ジェイムズ・ブラウンは当時、ブーツィー・コリンズ(b)達の自由奔放ぶりに手を焼いており、頼れる男・フレッドを呼び戻したのでした。1970年12月に復帰したフレッドは、正式に音楽監督となり快進撃が始ります。「音楽監督(Musical Director)」というのは、アーティストから頼まれたことをすべて責任をもって行うポジションです。作曲・編曲はもちろんのこと、ミュージシャンを集めたり、リハーサルを取り仕切ったりします。つまり、1971年4月以後につくられたジェイムズ・ブラウンものは、全部フレッドが形にしたものなのです。バックバンドのほうは当初は「The J.B.'s」でしたが、2枚目から4枚目までは「Fred Wesley & The J.B.'s」になったのです。





 1971〜1975年というジェイムズ・ブラウンの第二黄金期を支えた、と言うよりはむしろ、作り上げたフレッドは、次にメイシオ・パーカーとともにブーツィーズ・ラバー・バンド/P-Funk軍団に加入します。ホーンセクションのすべてを担当し、「Fred Wesley & the Horny Horns」名義でもアルバムを2枚作りました。
 1978年頃、P-Funk帝国が崩壊したあとは、意外なところから声がかかりました。カウントベイシー楽団です。ベイシー本人の最晩年となったこの時期、2番トロンボーン奏者としてソロなどもとってかなり活躍しました。

 
 ベイシー楽団での1年間のあとは、ソロアルバム『House Party』をつくりましたが、これは90年代になるまで日の目を見ませんでした。この時期はむしろプロデュース業に転身したと言うべきか、SOSバンドやキャメオなどを手がけました。
 そしてついに1980年代後半、ヨーロッパでのレアグルーヴの波を受けて「JBホーンズ」というチームを結成。メイシオ・パーカーと〝ピーウィー〟エリスと組んで本格的に復活しました。


 ロンドンやドイツを中心として、大好評を博し、日本にも頻繁にやってくるようになりました。この3管編成のユニットは、それまでのホーンセクションの常識を覆す、他の誰にも真似の出来ないサウンドを奏でて世界をアッと言わせました。僕が初めてライブで観ることができたのは1991年のブルーノートでした。1990年の「花博」は見逃しました。
 それからのフレッドの活躍はご存知の通りです。世界的なジャズマン/ファンクマンとしての名声を確固たるものにして、世界中を廻り続けています。90年代からジャズアルバムも多く発表しました。「ファンクをつくった」という功績はもちろんのこと、ファンクミュージックの立役者その人が、ビバップ、ファンキージャズ、ファンクを華麗に融合させたその実力は誰の追随も許しません。

、、、それでは頑張ってみます! 11月30日(金)日本橋でお会いしましょう!


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