2011年12月アーカイブ

スーツ

 







音楽と関係ある度:★★★★☆

新しいスーツが届きました。嬉しい!
今回は「緑色」ということでお願いしました。大満足の出来映えです。
いつもお願いしている大阪南船場のBespoke Tailor DMGさんです。

映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』

 
音楽と関係ある度:★★★☆☆


映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』(1971年ATG、田原総一朗監督)を観た。
とてもよかった。★★★★☆

12月にDVD発売。こないだのにもまして、ブックレットが充実していて大変良い。プレスリリースのレプリカ、16ページのブックレット。








田原総一朗の、最初にして最後の劇映画の監督作で、桃井かおりの初出演作品。

学生運動あがりの(と思われる)主人公(石橋蓮司)はかっぱらいや万引きをしながら旅をしている。町でであった若い聾唖者の男女(加納典明・桃井かおり)になぜか惹かれて行動をともにする。

監督が不慣れだったため現場は相当混乱し、桃井かおりもいろいろあったとのこと。
撮影中、毎晩、田原が石橋蓮司らに吊るしあげられていたらしい。現場で石橋が「実存だ!」「実存かけてんのか!」と連呼していたというエピソードが可笑しい。


主人公も最後には言葉を捨てる。主題/設定/ストーリーはかなり明快だ。学生運動が敗北に終わって1年と少しが経過した1970〜71年。「饒舌は敗北に終わった!」と宣言しているのだと思う。

1971 年は時代の転換点なんだと思う。ぐるっと方向転換して反対側に向き終わったところ。マクドナルド銀座店ができた年。カップヌードルが発売された年。「二十歳の原点」が発売された年。反戦運動は実を結ばず、 万博は「大成功」で幕をとじた。そういう、60年代後半を「清算」して「アメリカンなもの」「軽薄なもの」に大きくシフトしていくような雰囲気なんだと思う。
この映画は、そういう時代についていかずに孤独に苦悩する若者を表しているのだと思った。

映画『原子力戦争』

 
音楽と関係ある度:★★★☆☆


映画『原子力戦争』(1978年、黒木和雄監督)を観た。
とてもよかった。★★★★☆

12月にDVDで発売される模様。
ブックレットも充実していて大変良い。最近は、CDでもDVDでも、内容のあるブックレット/ライナーノーツが欲しいんだよなあ。




このテーマだけに、ドキュメンタリではなくフィクションの劇映画(サスペンス)という方法では相当に「弱い」と思うけれども、その限りにおいては良く描けていたのではないだろうか。

原発問題にはまったく関心のないチンピラの主人公(職業ヒモ、原田芳雄)を中心にすえて、原発利権のえじきとなった港町でおきた殺人事件(事故隠蔽工作)を描く。
途中、ほんの一部「ドキュメンタリ」の手法が用いられている。福島第一原発にアポなし撮影するシーン。ただしあくまで「思いつき」的なオマケにとどまっているのが残念。

松村禎三による音楽はとても効果的だった。何と呼ぶのか知らないのだが、武満徹のような和楽器も使われている現代音楽みたいなやつで、原発というものの薄気味悪さ/邪悪さをよく演出したと思う。

劇中「チャイナ・アクシデント」という言葉もでてくる。米映画『チャイナ・シンドローム』はこれより遅れること1年の1979年3月公開。スリーマイル島事故も同月。



本編の結末はいただけないと思ったがどうだろう。これだと、未亡人(山口小夜子)が黒幕みたいやん。または未亡人と大学教授が不倫していて、そのために夫殺しを犯したみたいやんか、、、。それやったら原発問題ではなくなるやん。あ、ちゃうか、殺すために結婚させたんか、、、。そういうことかな?
どっちにしても御用学者っちゅうのは、罪は思いにせよ、利用されてる側だと思うがなあ、、。いや、それこそ、糾弾されるべきところか。



修飾語

 
音楽と関係ある度:★★★☆☆


先に載せた吉田ルイ子の本における"Black angel"という言葉に関連して、すこし書いておきたいテーマがあります。


1997年に1ヶ月ほどアメリカを旅行したとき、ジョージア州アトランタで知り合った奴がいて、「Black churchに連れて行ってくれ」と相談すると、「よし、俺が、Black churchとWhite churchを、名前だけでどうやって見分けるか教えてやろう」といって、電話帳をもってきた。「教会」の欄で、地元の教会の一覧をみて、彼のいうところの「見分け方」というのを伝授いただいた。

黒人教会というと「パプティスト派」が有名だが、名前に"Baptist"と書いてあるからといって黒人教会とは限らないらしい。
その「見分け方」というのはまた今度。

結局、その週末、「リョウは音楽を聴きたいんだろ? いい音楽やってるっていう噂の教会があるから行ってみよう」ということで、それで一緒に出かけて行った教会が、"Shrine of the Black Madonna(黒いマドンナの寺院)"というところだった。例によって牧師のとても長い説教や、なかなかオーセンティックなゴスペルが聴くことができて、とても良かった。牧師は「アフリカに農地を買って、そこに移住しよう」という話をずっとしていた。

その教会には、祭壇に、床から高い天井までとどく、とても大きな聖母マリアの絵が奉られていて、そのマドンナは黒人だった。それから、もちろん赤ん坊(イエス=キリスト)も黒人だった。

さて、なにが書きたいのかというと、"the Black Madonna"という名前に関しての疑問。
つまり、「形容詞+名詞」というかたちで修飾しているのだけれど、それだと「一般的にはマドンナは黒人ではないのだが、うちのマドンナは黒人です」という意味になりはしないか、ということ。
ここはひとつ、"Shrine of Madonna"とか"Madonna's Shrine"という教会の名前にして、訪れてみるとその聖母マリアは黒人だった、というほうが、意味がとおるのではないだろうか。

(いわゆる「限定用法」「叙述用法」というような問題。どっちにしても同じではないかと僕は思うのだが、、、???)

(あたりまえだが、音楽と非常に関係があって重要なので、このことを書きたかった。
たとえば「ファンキー」という言葉。「この曲、めっちゃファンキーやん!」などと誰かが言えば、僕は「ということは、アンタはファンキーじゃない音楽も聴いてるということやな?」などと思ってしまうのだ。そういう意味。)





Harlem: Black Angels

 
音楽と関係ある度:★★★★★





恥ずかしながらまだ買っていなかった吉田ルイ子の本『ハーレム 黒い天使たち』をようやく買いました。
いままで何をためらっててん、ってかんじです。「サンクチュアリ出版」さん、お礼をいいたいです。

もし僕が音楽でなにかを表現したいのだとしたら、この写真集がそれをすべて表現していると思う。そういう本。

というわけで、お持ちでない方は、なにがなんでも是非とも手にいれてください。
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