2009年6月アーカイブ

Michael Jackson

 

音楽と関係ある度:★★★★★

マイケル=ジャクソンが突然この世を去ってしまった。思いもかけず、心にポッカリと穴が空いた気がする。ジェームス=ブラウンが逝ったときとは全然違う感じ。僕は「BAD」が一番思い入れがある。「スリラー」は「BAD」で盛り上がっている時期に買った。僕はそういう世代。「BAD」は中学2年生だった(1987年)。このころ出た自伝(なぜか田中康夫が翻訳してたナ)も一生懸命読んだのが懐かしい。「BAD」には中学の頃の思い出がたくさん詰まっている。
マイケルの話をしだしたらキリがない。同じ気持ちの人はたくさんたくさん居ると思う。ので、やめとこう。

かくいう僕も、正直なところ、「Dangerous」以後はあまりちゃんと聴かなくなってしまった。90年代の活動はそれほど詳しくない。

僕がしょっちゅう思いだすことがある。それは、「BADのときは200曲つくった。スリラーのときは500曲つくったらしい。」という話だ。それだけのハードワークあってこそのマイケル=ジャクソンだったと思う。80年代当時、小林克也さんが雑誌のコラムで「マイケルは何百曲という曲を"捨てる"が、僕の新譜(小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド)では、1曲も捨てることができませんでした。」という趣旨のことを書かれていた。オーサカ=モノレールの3枚目のアルバムをつくったときに、初めて「曲を捨てる」という行為をやった。スリラーみたいにいいアルバムをつくろうと思ったがもちろんアカンかった。それくらい頑張ったら僕らでもマイケルジャクソンになれるんじゃないか、へんな話だが、そういう勇気がわいてくるエピソードだと思いませんか?

死んでしまって、本当に悲しいけれど、テレビでスリラーのビデオを観た。元気でた。発見もたくさんあった。(スリラーの最初のシーンは50年代のパロディだった。50年代の映画に「黒人の若者カップルがでている」という設定に非常に大きな意義をもつ。)
他のアルバムも久しぶりに聴いた。元気でた。
クインシーがプロデュースした3枚の時にレコーディングされたアウトテイクなども公表されているようだ。ぜひ買ってみよう。これから未発表音源がでてくるだろう。楽しみにしている。

Mr. Yoshioka

 

音楽と関係ある度:★★★★☆

 今日は吉岡さんとご一緒させていただいた。僕はもう、とてもとても尊敬しているソウルミュージックの音楽評論家・ライターとして長く活躍されてきた吉岡正晴さん。長い時間にわたって、面白い話はたくさんしていただいたのでとても光栄だった。

 ところで、僕はいつも「年」単位で話をする。例えば、「1972年は日中国交回復の年、1973年はウォーターゲート事件とベトナム終戦ムードの年で、このころからソウルミュージックは変容していったようです」とか、「1968年はキング牧師が暗殺された年で、ブラックヒストリーの中で最も重要な年なんです。」という風に話をするが、吉岡さんは違う。吉岡さんはすごくて、「年月」で話をされるのだ。
「1972年の5月の週で、ビルボードPOPチャートの上位10曲中8曲がソウルのアーティストになったんです。」
「ジェイムズ=ブラウンの初来日は1973年2月なんだけど、僕はちょうど入院中で行けなかった。初めて観たのは1974年2月の2回目の来日なんだよ。」という風に。

 「月」を聴くとグッときてしまう。時勢・流行を追うなら、年単位の認識じゃあダメだなって思う。
 ところでこの「1972年の5月」というのがエポックメイキングな事象で、ここを境目としてソウルミュージックに大資本が注入されていった(そして音楽もさらにポップに変わっていく)のだという史観を語ってくださった。なるほど。僕は感覚的にもうすこし後(73?74年あたり)に変わっていく気がしていたが、なるほどフィラデルフィアはもうこのへんから始まっている。BACKSTABBERS - O'JAYS(裏切り者のテーマ)は1972年8月のヒットだ。

 さて、吉岡さんの訳書が発売になったばかり。『マーヴィンゲイ物語 引き裂かれたソウル』です。
僕はまだ最初のほうしか読んでいないが、マーヴィンの音楽活動・パーソナルな部分、に詳細に取材したもので、吉岡さん、そして筆者・David Ritzの渾身の力作。
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『マーヴィンゲイ物語 引き裂かれたソウル』P-Vine Books

僕もいつも楽しみにしているソウル・サーチン(吉岡さんのブログ)はこちらです。
http://blog.soulsearchin.com/

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