音楽と関係ある度:★★★☆☆
テレビの「日曜映画劇場」でエディー=マーフィーの「ネゴシエーター」っていうのを観ました(俺もヒマやな.....。) どうしようもないハリウッドの排泄物みたいなものでしたが、「時間のムダ」でもすまない内容だったのが気になります。(テレビ放送なのでかなりカットされているはず。オリジナル編集をみてないけど許して。)
なんでこの映画のことを書こうと思ったかというと、この映画は、メルヴィン=ヴァンピーブルズがインタビューで僕に語ってくれたことの典型的な例だったからです。メルヴィンは「こういった事項("反革命的な情報"のこと)はサブリミナルに織り込まれる」と言っていました。(本文)
表面上は、エディー=マーフィーというヒーロー(刑事)が大活躍する映画のようにみえますが、実はそうでもありません。実際に最後のシーンで一番大事な一発の銃弾を発射するのは、白人の"バディ"役の後輩。これによってエディとその彼女も命びろいします。この人は、このシーンでだけ意味をなしてくる、ストーリーと全く関係ない役どころ。黒人ひとりが活躍する脚本にしてしまうと、映画会社の上層部にハンコを押してもらえない、ということなのでしょう。よくある具合です。
ちなみに、観た人はわかるでしょうが、それ以外の細かい点でも、まさに差別主義を絵にかいたような映画でした。主人公の親友の先輩刑事は血をだしてむごい死に方をするし、路面電車の運転手は不必要に2発も撃たれたうえに吹っ飛ばされてしまいます。それにひきかえ、白人はそれほどでもありません。壮絶なカーチェイスで、おそらくたくさんの死者がでているであろうに、誰も死ぬところは描かれません。宝石強盗で人質となっている婦人(白人)は犯人に殴られるだけというところが苦笑を誘います(別の死体も転がっていたが、あまり映らない。)警備員は血を流すが助かるし、誤射される白人もいますが血は映りません。最初の銀行強盗は死にますが、"阿呆者"という設定なので映画は免罪されます。おまけに、犯人の2人組はゲイらしく、アンチ同性愛という情報も織り込まれていました。
もしかしたら観た人も多いのかも、と思って書きました。言うまでもないですが、エディー=マーフィーという役者は素晴らしい人だと思っています。わりに最近の映画(97年)にも関わらず、このような内容だったので驚いたこと、それからエディ=マーフィーともあろうひとがこんな映画にでなくてはならない、という悲しい状況が伺い知れる例としてとりあげただけです。